春告精と花見酒
春。
全ての命の萌芽と目覚めの季節。無論幻想郷も例外ではない。
人にも妖にも、花にも虫にも春は平等に恵みの手を差し伸べる。
幻想郷の境で春告精が弾幕を飛ばす頃、幻想郷と外の世界の狭間、夢幻館は住人総出で菜の花の収穫と蓮華の蜜集めに追われていた。
啓蟄からこの方、あらゆる虫達の代弁者はそれこそ幻想郷中を飛び回っていて、蜜集めと花粉付けをリグルに任せきりという訳には行かない。夢幻館の収入の大半が春夏でまかなわれる為、幻夢館の主人・花の妖怪風見幽香にとっても最も忙しい、気の抜けない季節だ。臨時雇いを入れたい位なのだが、夢幻館まで簡単に来られる人間など紅白の巫女か黒白の魔法使い位しか見当たらないので、人出を借りるのは諦めた。代わりに暇そうな妖怪を雇う。妖精は戦力外である。
幽香はもんぺ姿に腕まくり、麦わら帽子を被って菜花を摘んでいる。人里では菜の花の季節は終わってしまったが、夢幻館では幽香の力と外界の気温の影響もあってまだ少しくらいは菜花が採れる。季節をずらす事で人里との競合を若干でも減らす、人妖の生きる知恵である。
メディスンが冷たいお茶の入ったやかんを、如何にも重そうに揺らしながら歩いてくる。「お茶の時間ですよ〜」
「はぁい、今行くわ」
気取ったハーブティも良いけれど、肉体労働の後はシンプルな麦茶が最高に美味しい。氷は冬が終わってヒマしている氷精からのお裾分け。メディスンもチルノも花摘みを手伝わせる訳にはいかないので、こういう裏方の仕事をやらせている。氷精は脅してからお茶とおやつで釣った。
「菜の花っておいしいの? 人間って何でも食べたがるのね」
「美味しいわよ。メディは食べた事無いの?」
メディスンは頷く。
「じゃあ、今日は菜の花のパスタにしましょうか。幽香様特製のクリームパスタは美味しすぎてほっぺたがとろけちゃうよ?」
わあい、と嬉しそうにはしゃぐ二人を見ながら、幽香は汗を拭き、麦茶を飲み干した。五臓六腑に染み渡る旨さだ。どんな美酒も労働の後の麦茶の旨さには叶うまい。労働などせずとも皆に指示を出していれば良い立場の幽香だが、労働の後の心地好い疲労が、幽香は好きだった。
「……そういえば、メディはこの後永遠亭に行くんだっけ」
「うん、スーさんの毒を少し持って行く約束だから」
「じゃあ、幸せのお裾分けしなくちゃね」幽香は腕まくりをしてわらった。「菜の花少し持って行ってあげなさい、この間ぜんまいを貰ったお礼に」
菜の花摘んだら博麗神社に行きましょう、昨日焼いたヒマワリの種入りクッキーも一緒に持って。
※ ※ ※
竹林の遥か上空を春告精が通り過ぎる頃、永遠亭では春の恒例行事、イナバ達によるタケノコ掘りが行われていた。薬師は日々の仕事に追われ、月の姫や月のイナバにタケノコ掘りなど出来ようはずもなく、つまり、行事の主役は地上のイナバとその代表・てゐの独壇場となった。てゐも幻想郷では最古参の一人、伊達に千年生きてきた訳ではない。タケノコ堀りなら任せろとばかり、イナバを何十人も引き連れて殿様行列宜しく迷いの竹林を闊歩する。
「てゐ様〜ありました〜」
「ダメよ、そんなに伸びたのじゃ固くて食べられないわ。そっちの膨らみは」
足下に茣蓙を引き、てゐはとっとと腰掛けて竹筒の水筒に入れた茶を啜っていた。あっちだこっちだと指示だけ飛ばして、タケノコを掘るのはイナバ達におまかせ。これ以上楽な商売はあるまい。てゐの幸運の力と眠っているタケノコを見つけ出す眼力のお影で、イナバ達は額に汗しつつ立派なタケノコを幾つも掘り出した。タケノコはそのままでも永遠亭の収入源になるが、それ以上に春をもたらす楽しみの一つでもあった。刺身に、炊き込みごはんに、蕗との炊き合わせ。タケノコの売り上げの一部はイナバ達にお小遣いとして還元されるが(無論、てゐが中間搾取するのである)、それ以上にイナバ達は春の御馳走を何よりも楽しみにしていた。
「ふう、疲れた」
「てゐ様は何もしてないじゃないですか」
イナバの一匹が不満の声を上げたが、てゐは鼻で笑う。
「お黙りイナバ。私がいたからこそ、こんなに立派なタケノコがたんと取れたんじゃないのさ。あんた達が束になって汗しても、私が居なかったらこの籠の半分も採れなかったでしょうよ」
もっともらしい台詞を吐いて、てゐは腰掛けていた茣蓙を肩に担ぐ。「さ、帰りましょう。姫が蕗を炊いて待ってますよ」
「姫、炊けましたよ〜」
「笊に開けて、持ってきて頂戴」
一人と一匹は、永遠亭の台所で蕗を炊いていた。イナバが笊に開けた蕗を持ってくると、姫は桶に笊を置き、冷たい水を注ぎ入れる。蕗を摘みあげ、姫は少し湯がきすぎたわね、と水に戻した。笊を水から上げ、桶の水を庭に空けて一人と一匹は縁側へ笊と桶を運んだ。昼下がりの縁側、日差しを受けて翠に透き通った蕗を一つ、手に取る。
琅かんだわ。
「ろうかん、ですか?」
イナバに問われて姫はええ、と返した。琅かんとは青々しい竹の事を指すのよ。竹の様に青く、深く透き通っていて透明な翡翠の名前なの。
「確かに、綺麗ですね。本物の宝石はもっと美しいんでしょうけど」
でもね。
姫は言った。古玉は新玉に勝ると言うわ。琅?は蕩ける様な美しさだけれども、徳がないわ。古くは、碧と呼ばれたが真の玉にあらず、とさえ言われているのよ。
「蕗には徳がありませんか」
さあねぇ。さしずめ古玉は月の民、新玉は地上の民といったところかしら。
そんな良い物ですか? とイナバに返され、姫は、じゃあ、蕗と玉ね、と返すと、蕗の皮と筋を丁寧に剥いていく。細くすんなりした手が器用に、透き通る蕗の皮を往復する。
玉は食べられませんね、とイナバはいらえた。姫はわらって、蕗の皮剥きに専念した。
筍と蕗を炊いたら博麗神社に行きましょう、冬に漬けた白菜も一緒に持って。
※ ※ ※
春告精が遥か冥土の彼方を巡る頃、白玉楼は慌ただしい春を迎えていた。
西行妖が咲かずとも、冥界は春花盛り。桜が満開に、この世の春を謳歌する。
ほんの短い期間、白玉楼はてんやわんやの大騒ぎとなる。白玉楼中の幽霊が駆り出され、桜の花集めに奔走するのである。
集めた桜の花や葉は塩漬けにされ、桜餅の材料や桜湯、はたまた桜御飯にと活用される為、二百由旬の桜を掻き集める大騒ぎが春の恒例行事となる。
そんな中、白玉楼の死人嬢と半人半霊の庭師は、縁側で二人して桜餅をいそいそと作っていた。二人で食べる分だけならいざ知らず、幽霊達や是非曲直庁を初めとした周りへのお裾分け分も合わせると大変な量を作らねばならない。春集めならぬ桜集めは幽霊達に任せ、二人は数も忘れるほどの桜餅を朝から作り続けている。
「あーあ、もう桜あんは流石に飽きたわぁ。何か塩辛い物が欲しいわねえ」
「さっきから幽々子様つまみ食いしすぎですよ」そう言いながらも妖夢の頬には桜色の米粒が貼り付いていたりする。作り手の特権で散々つまみ食いしたので、二人とも暫く和菓子は御馳走様、沢庵の一つでもかじりたい気分だった。「そういえばぬか床どうなったんでしたっけ、あれ」
「暫くほっといたら腐っちゃったから全部捨てたわ。面倒臭いのよねぇ、あれ。やっぱり死人では駄目なのかしら」
それは幽々子様がぬか床捌くのを忘れた所為です、と、思ってはいても、知っていて手伝わなかった自分も同罪なので、妖夢はそこにつっこむのはやめた。「美味しかったですけどね。家ではそんなにおこうこ食べませんし、少しなら買った方が早いですか」
「でも、それはそれで何か癪なのよねぇ……しょうがないわねえ、私達物臭だし」
「幽々子様と一緒にしないで下さい」
「ひどいわ妖夢。妖夢が私をいじめるわ」
「虐めてませんから。さっさと桜餅、包んでください」
はいはい、と休めていた手が葉に包まれていない裸の桜餅に伸びて、ふと止まる。
「ねぇ妖夢」
「はい」
「綺麗ねぇ。ボケ珊瑚の様だわ」
「……ボケているのは幽々子様の頭です」
「ひどいわ妖夢。妖夢が私をいじめるわ」
「虐めてませんから。さっさと桜餅、包んでください」
幽々子がひどいひどいとぶつくさ呟きながら桜餅を包む間、妖夢は幽々子の透ける様な手が桃色の塊をやんわりと包むのを見つめていた。
春を集める日は、西行妖が花開く日はもう来ないだろう。
桜餅が出来たら博麗神社へ行きましょう、幽々子様に内緒で漬けている糠漬けも一緒に持って。
※ ※ ※
妖怪の山の遥か彼方を春告精が通る頃、守矢神社では恒例の蝮狩りが行われる。
啓蟄とはよくぞ言ったもので、この季節になると冬眠から目を醒ました蝮がウヨウヨと這い出る為、人間のみならず(守矢神社のある妖怪の山には人間は滅多に近寄らない)河童の被害が絶えない。特に蝮は湿り気のあるじめじめした場所や水場を好む為、この季節になると川辺で蝮に噛まれる河童が一人や二人は必ず出てくる。守矢神社の祭神・八坂神奈子は蛇神だが、本殿に奉られる洩矢諏訪子は蛙の神である事から、この季節に草刈りをして蝮狩りをし、蝮を奉納する行事を行う事に決めたのだった。奉納した蝮は蝮酒にしたり捌いて食べたり肝を漢方薬に使ったりといいこと尽くめで、神奈子がしぶしぶ承知したのも経済的に潤うから、という理由があってこその話であった。
河童達が寄り集まり、早苗による蝮避けのお祓いを済ませた後に神社周辺の草刈りをする。河童の草刈り機は外の世界のそれにうり二つだが、動力は河童の魔力を使用する。草刈り係とは別に蝮狩り班の河童がいて、のびーるアームならぬ蝮取りマジックハンドで器用に蝮を捕る。神社周辺の草刈りくらいで蝮奉納に足りるだけの蝮が捕れる筈はないから、川へと蝮を捕りに行った班が後から戻ってくる手筈になっていた。
早苗は白皙を歪め、籠一杯の蝮がうねる様を見守っていた。
「可愛いわねぇ」
「可愛くないです」振り返れば、今日の神奈子は殊の外上機嫌の様だ。
「おや即答だなんてつれないじゃないの。私の眷属よ、こいつらは」神奈子は引きつる早苗の頬を揺さぶる。「ほら、そんな顔しないの。うちの神社の収入源なんだから」
「そういえば、薬にするんでしたよねこれ……」
「それだけじゃないわよ。照り焼きでしょ、炊き込み御飯でしょ、刺身に、お餅に……」
「う゛ぇ〜」
早苗が吐きそうな顔をしたので、神奈子はぷっと噴き出した。「あっはっはっはっはっ何その面白フェイス。笑わせないでよもう」
「じゃあ今日のごはんは蝮尽くしにしましょうか。神奈子食べちゃえ」後からひょっこり諏訪子も顔を出す。
「い、い、嫌ですっ! 絶対嫌ッ」
「食べず嫌いは良くないわよ? ねえ諏訪子」
「そうそう、百聞は一見に如かずってね、ねえ神奈子?」
今日の夕食を想像して早くもげっそりしている早苗を余所に、からからと今日の青空の様にわらう、二柱であった。
蝮の照り焼きが出来たら博麗神社へ行きましょう、今朝戴いた河童のよもぎ餅と昨年漬けた蝮酒も一緒に持って。
※ ※ ※
春告精が魔法の森の上空をふよふよ漂っている頃、夜雀は魔法の森の外れでぼんやり客を待っていた。
夜雀の屋台は春が年中で一番の書き入れ時である。
八目鰻の旬は弥生半ばまでなので、本物の八目鰻を食べたがる食通気取りがわんさと押し寄せる為である。
夜雀の屋台が八目鰻を売りににしているのは有名な話しだが、本物の八目鰻が滅多に出ない事でも良く知られている。八目鰻がない時期には鰻や蝮、酷い時にはドジョウが出されて仰天した客もいたそうである。
夜雀が歌を歌いつつ客をあしらって日銭を稼ぐ姿も漸く板に付いてきた感があった。始めた当初、長い爪で八目鰻を捌く手付きの危なっかしさと言ったら見ていられなかったが、今やいっぱしの職人気取り。しかし、今日の夜雀屋台は暇だった。八目鰻の旬もそろそろ過ぎなんとし、人々は田起こしに手を取られ、夜遅くまで呑んで喰らっていられる余裕は無かった。
「さ〜く〜ら〜♪ さ〜く〜ら〜♪ さ〜く〜ら〜を、塩漬けにして、食べた〜♪」
「よぉ、元気かい、相変わらず変な歌歌ってるな」
「変じゃないです。失礼な。事実をありのままに歌っただけですよ〜♪」
「どんな事実だか訳解らないぜ」
白黒の魔法使いはカウンター席に腰掛けた。彼女が客として、しかも一人で来るのは珍しい事だった。
「今日はお連れさんはな〜しですか〜」
「生憎留守だったぜ。菜の花採りの手伝いに夢幻館に行ってるらしいぜ。おっと、この雪雀って酒戴こうか。粋な名前だな」
「かなり辛口で〜すよ〜♪ 食事に良く合うと〜好評です〜♪」
夜雀は湯飲みに冷や酒をとくとく注いだ。白黒の魔法使いは一口飲んで、わざとらしくかぁーっと叫んだ。
「春なの〜に〜お一人ですか〜♪ 春なのに〜ひ〜まで〜悲しいね〜」
「お前に言われたくないぜ。……家で一人で飯を喰うのは寂しいからな」
「そうですね〜、一人でごはんはおいしくないですからね〜。寂しい夜は何時でも来て下さ〜い」
白黒の魔法使いは頷いた。「そだな。こんな桜が綺麗な夜に、一人酒は寂しいぜ」
「知ってますかお客さん」ふと、夜雀が皿を洗う手を止めた。
「知ってるぜ」
「嘘吐きですね〜♪ 閻魔様に舌を抜かれますよ〜♪」
「そしてお爺さんに恩返しを、おばあさんに仕返しをするんだな」
「それ違う話」夜雀はびしりと魔法使いを指差した。「桜の木の下には死体が埋まっているんです。だから」
「だからなんだぜ、60年に一度花が乱れ咲きして春が終わらないのは」
「オチを言われましたね〜♪」
「だってそれは私が広めた嘘だからな」
「ぎゃふん」
白黒魔法使いはわらって、串を指した。「じゃあ、そろそろ本題に行くかね。八目鰻の肝一本」
「はいは〜い。塩ですか、タレですか」
夜雀は串を焼き、注文通り甘辛い秘伝のタレに肝を漬けて魔法使いに差し出した。
「ぎゃふん」
魔法使いは一口串を食べてひっくり返った。
串は、鶏の砂肝だった。
八目鰻が採れたら博麗神社へ行きましょう、雪雀の一升瓶も一緒に持って。
※ ※ ※
紅魔館の遥か上空を春告精が飛び回っていようがどうしようが、紅魔館はいつもと変わらぬ佇まいを見せていた。
紅魔館の庭は一年中赤で塗り潰されている。
例外は庭師でもある門番が自由に花を植える事を特別に許されている小さな一角のみ。紅魔館の門番・紅美鈴はここに自分の好きな季節の花を植え、手入れするのを楽しみにしていた。彼女は自由に花を植えられる区画の半分をハーブなどの有用な植物を植えるのに当てていたので、実質好きな花を植えられる区画は極僅かだ。その極僅かな場所は色とりどりの花で飾られ、端からは彼女が如何に、その場所を紅以外の色で染めるかに心を砕いている様に思われた。とにかく、紅魔館の庭でその一角だけが、周りの紅に対抗して弱々しく色彩を主張していた。
とはいえ、春は赤い花の少ない季節である。思い付くだけでチューリップ、椿、木蓮、ひなげしに寒緋桜だろうか。木蓮や寒緋桜は花が早いし、血の赤には程遠い。美鈴は桃を植えたかったが、色が淡い以前に破魔の力を備えている為吸血鬼を主人とする屋敷に相応しく無いという理由で却下され、梅は香りが強すぎて主人の好むところでは無かった為に植えて程なく撤去された。桜が散って緑が青々と繁る頃になれば石楠花や薔薇が咲き始めるのだが、卯月は珍しく、美鈴の花畑が最も生き生きと見える時期でもある。
美鈴が花の手入れに精を出していると、メイド長が庭を見ながら頻りに唸っている。
「咲夜さん、何か?」
「うーん……そうねえ、ここは貴女の意見を聞いた方が良いかしら。ねえ、美鈴。お嬢様のお茶の時間に飾る花、何が良いかしら。季節外れだけどやはり薔薇かしら」
「ですねえ、お嬢様薔薇好きですし」
美鈴は相づちを打った。季節外れであろうが無かろうが、時を操るメイド長に掛かれば大輪の薔薇を咲かせる事など造作もない事を美鈴は知っている。
「でね、薔薇に合う花の組み合わせを考えているのだけど……一輪挿しばかりじゃ芸がないってお嬢様に言われてしまったのよね」
美鈴もメイド長と一緒に頷いてしまった。
美鈴は、もし自分なら真紅の薔薇には色合いを和らげる春の色を入れるだろうと考えた。折角の春なのだから、春らしい色合いを楽しんで戴きたかった。が、どうも血の赤とほんのり柔らかな桜色や桃色は相性が宜しくない。
「ユキヤナギはどうでしょう。薔薇にユキヤナギは定番の組み合わせですよ」
「でも、お嬢様の趣味を考えたら赤い花の方が良いかなと思って」メイド長は小首を傾げた。「春らしさならツツジとか……でも薔薇に負けず劣らず大ぶりだから、あんまり似合わないのよね……まあいいわ。薔薇を取ってから考える」
メイド長は薔薇の枝に鋏を入れると、指に魔力を宿らせて固い蕾に触れる。蕾は見る間に膨らんで、真っ赤な大輪の薔薇を咲かせた。
「ふふ、いい匂い……あ痛」
メイド長の細い指に、ぷっくりと血玉が浮き出た。
「あー、やっちゃいましたね……綺麗ですね、宝石みたい」
「やだ、そんな美味しそうな顔しないで頂戴」
相手が人を喰う妖怪で、己を喰らう事など有り得ないと知るが故の軽口を叩く。メイド長は指を舐め、ちょっと強く吸った。「これで良いでしょ」
「ダメですよ、そんなので済ませちゃ。はい、絆創膏」
「用意が良いのねぇ、有難う」
メイド長が絆創膏を巻いている間に、美鈴は部屋に飾るつもりで予め切っておいたレンギョウに、手頃なヒナギクを鋏で切って合わせて、メイド長に渡した。
「今日はそういう星巡りなんですよ、薔薇はやめておけって」
春の花束が出来たら博麗神社へ行きましょう、薔薇の紅茶とジャムも一緒に持って。
※ ※ ※
春告精が山のあなたの妖怪に喰われた頃、博麗神社は大宴会の挙げ句の修羅場と化した。
-了-