射命丸文の幻想郷探訪 その2 〜リグルと花と虫の性〜
「この時期になると流石の花畑も殺風景なものですね」
文は感嘆の声を漏らす。なるほど夢幻館の窓から見える風見幽香の元・花畑はほぼ真っ新の状態だった。
「だからこの季節は好きになれないのよ」幽香はベルガモットの香り立ち上る茶を啜った。「ん、良い匂い」
「雪女が苦手、と」文の手帳に新たな項目が付け加えられる。幽香は手帳をひょいと取り上げて文の顔面に叩き付けた。
「あいたっ」
「勝手に想像しないでよ。誰が雪女如きに後れを取るって……そりゃ、ちょっとは……」
「ウワサはやっぱり本当だったんですね」文は赤くなった眉間も気にしていないようだった。「レティ・ホワイトロックと弾幕勝負で負けたってのは。幻想郷縁起を書き直させたけどホントは……あいたたた。暴力反対」
「煩いわね。そうよどうせ私はチルノにも負けたわよ。だからどうして私が最弱って事になるのかしらこのお喋り烏」幽香は文の抓り上げたほっぺたを前後左右にうにうにと振り回す。「私の活躍する季節じゃないんだから仕方ないじゃないの。完璧な妖怪は存在しないのよ。それにスペルカードルールもあるし……」
そういう事にしておきましょ、と文は頬をさすった。「貴女の力なら一年中花を咲かせる位赤子の手を捻る様なものでしょうに」
「そりゃそうだけどね、そんな事したら花が疲れちゃうじゃないの。それに、土も悲鳴を上げるわ。土を休ませないと綺麗な花が咲かないわよ」
「なるほど」
「肥沃な大地が花を咲かせ、実を付けさせるの。その為には休憩も必要だわ。だからこの季節は夢幻館に籠もる事にしているの。ちゃんとアポ取ってなかったら今日だって貴女に会うつもりは無かったんだから、感謝なさい」
「隙間と同じ理屈ですね」
風見女史は幻想郷最強を自負するが故に、隙間妖怪・八雲紫の名前にしばしば過剰な反応を示す。知っていて口にする辺り、相当人の悪い……否、あやかしの悪い烏であった。一度ならずやりこめられたお返しのつもりかもしれない。
「アレとは違うでしょ。私の力は自然と共にある力。アレの力は法則をねじ曲げる力だし、結界の維持にも相当妖力を注ぎ込んでいる筈だからじゃないの」
「力の流れに逆らう方が疲れる、と」
「想像だけどね。お代わり如何?」
結構です、御馳走様でした、と文はカップを脇に押しやる。文は香りの強い飲み物が余り好きではない。
「隙間序でで思い出したんですけど」
思い出さなくていいわよ、とでも言いたげに幽香の柳眉が歪む。
「リグルさん、お宅でお世話になってるそうで」
「何それ。隙間がどんな話をしたのか知らないけど」
「リグルは実はとっても強いという話を少しばかり。お二人は虫と花で利害も一致している以上関わりがあるのは当然として」
風見幽香は幻想郷中で最も富裕な妖怪の一人でもある。花そのものの仕入れはもとより、蜂蜜・精油・染料・油脂等提供しうる物資は多岐に渡っている。敷地はさほど広くないものの、夢幻館の門構えや造りなど、ヴァンパイア姉妹の紅魔館にも負けてはいない。文はぺちぺちと夢幻館の柱を叩いた。
「いやね昨年の夏そちらに御邪魔した時も変だなーと思ってたんですよ。確かにお二人は仲が良いですけど、リグル、そんなに熱心に仕事してるようには見えませんでしたし、寧ろ何のかんので畑の花も害虫にやられてましたよね。アブラムシにカジカジされたりネキリムシにやられてたり。所詮お馬鹿な虫だからちゃんと仕事が出来ないんなら、幽香さんがびしっと脅かしてやればいいんじゃないかなと疑問に思ったのですよ」
「あんた無茶苦茶言うわね」
「リグルが馬鹿なのは間違いないですから。虫の知らせサービスだって真面目にやってませんし」
「ま、そうなんだけど」幽香は空のカップに香気を注いだ。「それ以前にリグルの顔も立ててあげないといけないでしょ?」
「貴女ほどの妖怪が……あ、そっか」
文は隙間妖怪にインタビューした時の没記事を思い出していた。
「思い当たる節があるの?」
「本当は怒ったら怖いから、でしょ」
「違うわよ」幽香は紅茶を啜る。「益虫だけが虫じゃないからよ。蜜蜂や蝶々だけがこの世界に必要とされているのならいくらでもリグルをこき使うわ。でもそうじゃない。怖れられ忌み嫌われる虫たちにも自然界で生きる意味がある。私達がそれを知らないだけ。今よりもっと蜜蜂を集めれば、アブラムシを遠ざければ、貝殻虫を追い払えばもっと私は大金持ちになれる。でもそれが何なの? 私は今でも十分豊かだわ。これ以上何を望むべきかしら?」
文は押し黙った。幽香は茶の残りを干して、カップを置いた。
「リグルが虫の知らせサービスを本気でやらないのも、多分そういう事だと思うわ」
「はい」
皆まで聞く必要は無かった。リグルは自然界における虫達全体の有り様を体現しているのだ。
文は謝辞を述べ、夢幻館を後にした。