射命丸文の幻想郷探訪 その1 〜U.N.バカは最強なのか?〜

「虫だから、というのが軽んじる理由になるのが天狗の浅薄さなのよ」
「はあ、そうですか。さっぱりわかりません」
 本当に莫迦ね、と、それこそ氷精にでも言いそうなあからさまな侮蔑を籠めて、八雲紫はひらひらと片手を振った。帰れ、という素振りにも見えるが、天狗の好奇心はその程度の仄めかしに引き下がる程繊細ではない。隙間妖怪も解っているのか、一瞥を投げると溜め息でも付きそうな案配で肩肘付いた。
「では一から説明します」
 教師なんか柄じゃない。里のワーハクタクにでも任せておけば良いんだ、とでも思っていたのだろうが、ワーハクタクだったらだったで全力で拒んだに違いない。天狗のしつこさと謙虚さの欠片も無さと言ったら里のガキ大将共なんて物の比じゃないのだ。天狗は思考はもとより空気を読むなんて芸当は毛ほども持ち合わせちゃいないから――そうでなければあんな出鱈目と仄めかしと当てこすりと臆測を並べ立てた出刃亀新聞をばらまくなんて厚顔無恥をやってのけはすまい――ただこくこくと、闇妖怪が人肉にかじり付く様に頷く。
「この世で一番栄えてる生き物は何だと思う? 少なくとも万物の霊長を自称するおサルの子孫じゃあないわよね」
 天狗は全力で否定した。ただし、意味は解ってない。多分妖怪が、程度にしか思っていないのだろう。
「そゆこと」
「はあ、つまり……」
 頭悪いわね、と今度は聞こえるように毒突きつつ、紫は天狗を睨め付けた。
「この地上で最も栄えている生物は菌類です。嘘だと思ったら蓬莱の薬屋さんにでも聞いて御覧なさい。月の事情は知らないけれど、地上で菌のいない場所なんかどこにもないわよ。それこそあんたの可愛らしいほっぺたやお喋りな唇にもびっしり。細菌だとかウィルスだとか、それこそ世界中で猛威を振るっているわ。その強さと来たら妖怪だって叶わない」
「えー、うっそ…………いや、でも……」
 細菌と菌類は違うのだけど、この際細かい事はどうでも良かった。どうせ説明したって解るまい。
「小さくて目にも見えない物を軽んじるのは、力ある者の悪い癖。納得した?」
「あ、はいその通りです。でも、リグルが『本当は』強いかもしれない理由にはならないんじゃあ……」
「幻想郷では弱いわよ。ここは知恵ある者が優位となる様に作られた世界だから」紫はあっさりいらえ、手許のせんべいをかじった。「貴女もいかが?」
「貴女がそうしたんじゃないですか。せんべいは結構……で、何でです。」
「強いからに決まってるじゃない」
「いやだから」
 あからさまにそのままを言われて、KY天狗も漸く自分が馬鹿にされているのに気付いたらしい。気付いたか、と、隙間は菌だらけな天狗の頬を軽くつついた。
「からかってもダメです」
「左様ですか、マスコミ大明神」
「とっても知りたいです是非教えて下さい」
「知恵ある者が優位になる世界でも、盲目の力、大自然の脅威には小賢しい知恵など無力だからよ。虫ってどういうところが怖ろしいかしら?」
「うーん……ツツガムシの恐ろしさですかねえ、幻想郷縁起にはそんな事が書かれてましたけど」
「ハズレ。自分の頭で考えてみなさいな」
「……蚊、でしょうか。病原菌を媒介しますし……」
「発想は悪くないわ。でも不正解。ヒントあげるわ。もう少しマクロに考えてみて」
 射命丸は本気でまるきゅう扱いされているのに好い加減苛立って、隙間との距離を詰めた。
「蝗。どうです、正解でしょう」
「ピンポーン。大正解。この閉鎖的な空間で蝗が大発生なんかしたら、瞬時にして幻想郷は崩壊するわ。今まで私達が重ねてきた苦労も水の泡。妖怪の桃源郷は夢幻と消えました、ってね」
「なるほど、だから……ちょっと待って下さい、という事はリグルは蝗の妖怪だったんですか?」
「誰もそんな事言って無いじゃない。確かにリグルは蝗くらい操れるでしょうけど、キモはそこじゃないわ」
 紫はずい、と天狗との距離を詰める。天狗はやや怯んだが、それでもやや首を引く程度に留めたのは好奇心と図太さの賜であろう。
「先程も言ったわよね。盲目の力ほど怖ろしい物はないと。愚か者にも知恵や心はあるけれど、知恵すらもない本能と反応の塊では弾幕ごっこも出来ないわ。ルールを理解させる事さえ出来ないのだから。そういう『妖怪』も世間には山程いるし、結界には惹き付けられる。さあ、貴女ならどうする?」
「そんな妖怪はお引き取り願うしかないですね。私にはどうしようもないですし」
「想像力の欠片もないのね」
「憶測で記事を書くわけには行きませんから」
 嘘ばっかり、と隙間も今度は大きく溜め息を付いた。
「形を与えればいいのよ。でね、幻想郷では『少女』という雛形を準備したわ。ちょっとした知性を付与し、形を与える。幻想郷の妖怪に少女が多い理由でもあるわね」
「雛形がある方が簡単だから、ですね」
「そういう事。沢山の妖怪が流れてくるんだから、一々個別に形を与えるのは大変だものね。リグルに関しては、虫の妖怪という事で属性も弄ったわ。下手な属性を与えては怖ろしい力を野放しにする事になりかねない。幻想郷の人間達と程良く折り合いを付けられ、強い謂われを持たない虫……」
「だから蛍なんですね。なるほど人間は蛍が好きですからね。特に害もないし、草の露を食べるだけですし。……蝶や蜂ではいけなかったんですかね?」
「蝶は魂の比喩として使われる生き物だし、霊的な謂われが大きすぎるわ。 希臘(ギリシャ) では不死の象徴、神の生き物よ。蜂も悪くはないけれど、スズメバチは怖いし、下手に憎まれる存在になって人間を恨むようでは困るのよ。蛍火なんて妖怪もいるから相性は悪くないし」
「なるほど、『チルノの相手がちょうどいい』くらいでないと困るんですね」
「貴女がこれから書く記事を読んで理解できる程度の知性はあるけれど。という訳で、この記事は没」
「えーっ!」
 射命丸の素っ頓狂な抗議に紫は事も無げにいらえた―――顔色一つ変えるでも眉毛を上げるでも、声のトーンを落とすでも、あの不気味と称される、心読み取らせない不可思議な笑みでもなく。
「幻想郷の危機に関わることだもの。……『チルノの尻を追いかけてるのがちょうどいい』位の貴女でも解るでしょ?」
「……はい」

 こうして、文々。新聞の特集記事はまた一つ、闇に葬り去られた。



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