非望

1. ひぼう【非望】
〔分を越えた望み〕(an) inordinate ambition/〔よこしまな欲求〕(an) improper desire

シンイチ……
「悪魔」というのを本で調べたが……
いちばんそれに近い生物は
やはり人間だと思うぞ……
岩明均「寄生獣」


「人間……だったとはな」
「知らなかったのか、ありゃ親父達が俺等を正当化するためのプロパガンダさ」
 己らの刃に斃れ、襤褸切れ同然となって横たわる邪教神官の姿を前にして、王子達の決断は素速かった。決して、生かしておいてはならぬと強いお達しがあったからだ。大神官が生きているという事が知れたならば、邪教徒達が蜂起して彼等のカリスマを取り返そうとする事態を怖れての事だった。誰も真剣に『邪神の復活』などを怖れてはいなかった。そんなものは邪教徒達の自らを正当化するアジテーションに過ぎない。
 彼等は迷わず大神官の首を撥ね、鮮血が床に敷かれた。首級を持ち上げ、ローレシア王子が言った。
「晒し首にするにしても……これではなあ、どっから見ても人間にしか見えないぜ」
「そうね。耳を削いだら」事も無げにムーンブルクの王女が言った。ロンダルキアの白銀もかくやと思われる雪の肌には、凍気に凍て付いた冷徹なアイスブルーが乗っていた。「生き物を使って、其れらしく剥製を作る職人がいるのよ。彼等に作らせれば良いわ。蛆虫が湧いて腐り落ちる迄、晒し首になるのが良いのだわ」
「うはっ、こえぇ事言うんだな」サマルトリアの王子がわざとらしく仰け反ってみせた。
「当然でしょう。我等が一族に楯突いた罰として、其れ位が邪教徒共には相応しいのよ」王女は首級の頬をなぞった。「目玉も抉りましょう。目があると、表情が見えてしまうわ」
「じゃ、舌も抜いた方がいいかな」
 ローレシア王子が噴き出す。「おめ、まだ邪神が甦ると思ってんのかよ!」
 サマルトリア王子はふん、と軽く鼻でいなした。「無いとは言えないだろ。それに、首をダメにしても胴体だけ甦ってくるかもしれないじゃないか。だから腕と足もばらばらにして、心臓も取り出して蘇れないようにするべきだ!」
「なるほど、な」
 大神官ハーゴンが『生物的に』生き返る事は決して無いだろう。だが、『宗教的に』甦ることは有り得る。徹底的に貶め、二度と邪教が息を吹き返さぬ様にせねばならぬ。ロトの一族の絶対的な支配を確立する、其れが彼等の使命であった。
「その意見には賛成。手足をばらばらに捨てて、臓物は海の魔物のエサにでもしよう」
「特別惨めに、哀れな姿にしてあげましょう」王女は血に濡れた指を拭った。「手足が邪教徒達の手に渡らぬ様、崇拝されぬ様、捨てる場所も慎重に選ばなければ」
「なあ、思い付いたんだけど」サマルトリア王子が手を挙げた。
「何だよ」
 ローレシア王子の懐疑に、サマルトリア王子はいつもの人懐っこく悪戯げな笑みで返した。
「いっそ、邪神が甦って、俺達が邪神を倒したって事にしね? そしたら、俺達英雄じゃん!」
 二人は目を輝かせた。輝かしい未来が、開けてきた様に思われた。―――其の未来が、人々にとって宗教的権威を振り翳す圧制をしか意味しないとしても。

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