Dragon Quest m-i 〜ユカのワンダーランドと愉快な下僕共

〜第六章 Bクラス 相見ゆ、再び

「……何とお呼びすれば宜しいのでしょうな」
 嘗ての兄弟子に、ハーゴンは笑顔で応えた。「昔通りの呼び捨てでお願いしますよ」

 天空城は今までとはまた違った種類の忙しさ——新たな住人を迎える準備に大わらわだった。
 何せ十数人が一気に増えた。料理掃除洗濯の手間はいつもの倍。今まで使われずに埃を被っていた部屋を一斉に大掃除しているせいで、城の窓のあちこちからもうもうと埃が立ち上がっている。
 とはいえ手数が増えた分作業もはかどる。タダ飯喰らいなどここにはいない。皆雑巾や箒を片手に笑顔で埃にまみれている。昔ほど肩身の狭い思いで息を潜めている必要はなくなったものの、元さやという訳にも行かずに己を持て余していた者達にとって、今こそ役に立てるやもしれぬという想いは希望以上のものを孕んでいるのだ。
 何人かは一年前、噂を聞きつけてムーンペタへと馳せ参じたが、或る者は立場を離れるが叶わず、或る者は事後になって全てを知り、地団駄を踏んだ。別の世界へと避難していた為に、そもそも騒動を知らぬヴァーノンのような者も多い。二度とあり得ぬ、夢見ることすら罪と、己を責めた者達がこうして、お天道様の下一堂に会する。
 夢でも、いつか醒める夢でも、こんな夢を見られただけでも幸せであると言い聞かせ、元・邪教の神官達は晴れやかな顔で手を動かすのだった。出来れば、何時までも醒めないでいて欲しい、と願いながら。

「オレさ、やっぱり星降りの夜の大会、出るわ」
「はぁ?」
 とはいえ、本日波乱無し、で終わるではお話にならない訳で。
 きっかけはオルフェの第一声、朝食タイム終わり掛け。リカルドの妻はさじを取り落とし、ヴァーノンは食後のコーヒーを噴き出す。竜王とハーゴンは渋い顔でオルフェお前もか、と言わんばかりの胡乱な眼差しを投げかけ、脇ではルアクがさりげなく視線をそらしていた。その横で私は関係ありませんよ、ってな顔でマロンが離乳食をさじですくっている。
「ねえっ、イイよねユカ?」
「えと」目をきらきらさせたオルフェに詰め寄られて、ユークァルはおどろきとまどっている。
「それは不味いんじゃないですかね……」
「待て、待て待て。己の立場を鑑みよ」
 ユークァルが返事するよりも早く、周りからやまびこのようにダメ出しが来て、オルフェは唇を尖らせた。
「えっ、だっておっちゃん達は立場があるだろうけどさぁ、オイラは中立だよ? 別にいいんじゃね?」
「あの、私はかまいませんよ」ユカが割って入る。「仲間が誰であろうがモンスターマスターって実力の世界ですから。強いモンスターが仲間なら勝てるっていうものでもないですし。……逆は、あるかな?」
「お、おいユカこっちみんな」オルフェは慌てた。「言っとくけど、オイラはあの頃のオイラじゃないからな?」
「あたしオルフェが弱いなんて思ってないですよ」ユークァルはホットミルクをすする。「多分この中でオルフェが役立たずとか弱っちいって思ってるの、オルフェだけです」
「ま、そういうことです。オルフェの欠点は自己評価の低いところですね」ハーゴンも食後のコーヒーを飲み干した。肌の色艶、余裕たっぷりのたたずまい、綺麗に消え失せた目の下のくま。半月前からすると別人のようだ。
「……ユークァルを甘やかす事になりはしないかと心配していますのよ」ルビス様は膝にロトを乗せてあやしていた。「今までだって厳しくし過ぎていたくらいなのに。それくらい許してあげてくださいな」
「面倒臭い事になりそうだな……」
 ううむ、とうなりつつ、竜王は渋々了承し、オルフェはガッツポーズでにユカに応えた。


オルフェが なかまに くわわった!


「なんと! ハーゴン殿と博士が旧知だったとはのう! わしの目をもってしても見抜けなかったわい。いやはや、いやはや。合縁奇縁とはよくいったものじゃのう。何はともあれめでたいこと続きじゃな!」
 リハクもびっくりの慧眼を発揮して、タイジュ王はぴたぴたと額を叩く。
 Cクラス合格その他の報告をかねて王様に謁見を申し出たユークァル達……と言っても例によって至ってフランクなノリの王様に、相手が誰であろうと態度を変えないユークァルでは、友達どうしのだべり合いのノリになる。ユークァルは博士やオルフェの話を、王は王で他国の動向や優勝候補のうわさ話を忌憚なく語り合った。
「わしとしてはユークァル殿が順調で何よりじゃ。ぜひとも今年も優勝して欲しいものじゃぞ……んっ?」
 先ほどまでニコニコ顔のタイジュ王が眉間に皺を寄せた。視線の先を追うと、見知らぬ顔がある。
 タイジュ王よりかなり年上だが、年に似合わずかくしゃくとした男。立ち振る舞いや身なり、さらにはお供を二人連れているところからするとかなり身分の高い人物であるようだった。男は鼻息荒く一同につかつか歩み寄ると、ユカ達を素早く値踏みした。
「おう、タイジュ王。この娘子が星降りの夜の代表か? フンッ!」
「何じゃ、こんでもいいのに」タイジュ王はなげやりにいらえた。「王自ら偵察に来るとは、カレキ国の将来は当面安泰じゃな」
「フンッ」カレキ国の王、と呼ばれた男はふんぞり返る。「うちは跡継ぎが優秀じゃからのっ。そんなことより」
 カレキ国王はユカの魔物達を指さす。「連れてる魔物がブサイクばっかりとはどうしようもないの! さすがはノーセンスタイジュ王の魔物使いじゃ。うちの代表とまでは行かないにせよ、せめてマルタ国代表くらいのヴィジュアルは確保して欲しいものじゃのー」
 がっはっは。タイジュのうろの中にカレキ国王の笑い声だけが響き渡った。
「いや、イケ魔物ばっかり揃えても負けたらしょうがないじゃろが……」
「そこがわかっておらんっちゅうのじゃ」カレキ国王はフンスフンスと鼻を鳴らす。「強いのは当然! として、エンターテイメントとして、如何に観客を喜ばせるかっちゅうパフォーマンス力も当然モンスターマスターには必要とされる能力! 観客を味方に付けられないモンスターマスターなんて二流じゃなっ」
「踊る宝石はそもそもパノンのだし……」とオルフェが小声でつぶやく。もちろんカレキ王の耳には届いていない。
「……可愛くないですか?可愛いですよ? ほら」
 ユカはドロルを差し出した。
「ふん、およだを垂らしてだらしない、気持ち悪いわい!」
「そうですか」ユカは若干残念そうにドロルをじっと見た。「この子およだをたらしてませんよ。ね? イクラちゃん」
 ドロルは目をぱちぱちさせた。
「ドロルにイクラちゃんとか訳がわからんネーミングセンスじゃな。ダッサイのう、ダッサイのう」
 カレキ王の煽りに、オルフェもタイジュ王も渋い顔。が、ユークァルは意に介さずリップスのマリリンをかかえあげた。
「およだをたらしてるのはこの子です。マ〜リリン」
 マリリンは ユカに ソフトにちっすした。

 ユカは うれしそうだ。
 マリリンも うれしそうだ。
 「さすがじゃのう、もうマリリンが懐いておる」タイジュ王は大層感心しながらユカの周りをぐるぐる回る。「魔物に愛されるモンスターマスターこそ至高じゃの!」
「王様もちゅっちゅして貰うと良いですよ」
 マリリンを差し出されてタイジュ王は一瞬怯んだが、マリリンはお行儀よく王様にソフトちっすで応えた。王様は安心して、マリリンの頭をなでている。オルフェも怖々近付いて、ソフトちっすを受けてゴキゲンメーター急回復。
「いやぁーあんだけぶっちゅぶっちゅしてたのに、ほんとにお行儀良くなったねぇ。さすがだねぇ、ユカの教育のたまものだねぇ」
「マリリンはやれば出来る子なんです。今までは加減が解らなかっただけで」
「うんうん、マリリンも偉いぞよ。ご褒美に、宇宙一の高級肉と誉れ高き、A5クラスタイジュ産特産あばれうしどりの黄金のしもふりにくを授けよう!」
「王様、それ、言い過ぎ」
 ユークァルは我が子の事の様に眼を細めた。カレキ王(とその従者と、タイジュ王の後ろで飛び跳ねている道化)だけが、このほのぼの空間半径1.5mから丁寧にはじき出されていた。
「ふ、ふんっ! ゲテモノ大好きユカはゲテモノ部門でも作ってやれ、そしたらぶっちぎりの優勝じゃ!!」
 オルフェの長い耳はカレキ王の負け惜しみ半分に吐き捨てた嫌みを聞き逃さなかった。
 オルフェはすかさずユークァルの手からマリリンをもぎ取った!
「今日は許す! 王様にお前のディープな (ラヴ) をプレゼンツだ!」
 オルフェは華麗なターンで身を翻し、マリリンをカレキ王の前に差し出した。すかさずマリリンが、豊満な唇を王へと押しつける。往年の、熱烈なあの接吻の再現である。
 カレキ王はマリリンのフレンチキッスの洗礼を受けてひっくり返った。
 マリリンのキッスがツボに入ったのか、はたまたカレキ王の醜態によほど胸が空いたのか、とにかく、ユークァルとカレキ王一行を置いてきぼりにタイジュ王とオルフェは笑い転げた。しかしいつまで経ってもカレキ王は起き上がってこない。最初は王の従者達が、そしてユカが訝しんで覗き込むと、カレキ王の顔が青い。マリリンの熱い、厚い唇に鼻と口を塞がれて、息が出来ないのだ。
「ちょ、ちょっと、マリリン! マリリンおしまい!」
 ユークァルと従者達が、慌てて二人を引き剥がす。カレキ王は虚ろな眼差しを宙に投げたままオルフェ達に介抱されていたが、顔色を取り戻すやむっくと起き上がり、口を極めて言葉にならない罵倒らしき叫び声を王に投げながら、最初は駆け足に、やがて全力で逃げていった。
「ちょっとやり過ぎちゃったかなあ」
 這々の体で退散するカレキ王の目で追うオルフェの背中に、タイジュ王は鼻をほじりながらかまわんわい、とのたまった。道化達は跳び上がり、ユークァルはマリリンを褒めたらいいのか叱ったらいいのか未だ決めあぐねていた。

 結論を出さないままに、ユークァル達は、プリオの牧場へ配合したメタルキングの赤ちゃんを受け取りに行くことにした。
 じいさんに孵化を頼んでいる間、メタルキングの赤ちゃんに付ける名前をどうするか、オルフェとユカは一緒に頭を悩ませていた。スライムの王様だからスラおうにしよう、というところで一致した頃、オルフェはユカの背後で踊る宝石とリップスがやけにいちゃついているのに気が付いた。初めはソフトにちゅっちゅしているだけだったのが、やがて熱烈なディープキッスを交わし始めたのを見て、オルフェは露骨に不自然なポジション取りで二匹と一人&一匹の間に割り込む。オルフェの不振な動きに気を取られたユカがのぞき込もうと身を乗り出すと、慌ててオルフェはユカの目を塞いだ。
「ダメッ、見ちゃダメッ」
「ん? 何しとるんじゃオルフエ?」
「いや、こんなところまでオルフエって言わないでよ!」
「おやおや」そんなオルフェを無視して、モンスターじいさんはむつまじく乳繰り合う二匹を微笑ましげに見つめている。「えらく相性が良いのう。こりゃあ今すぐにでもお見合いさせるべきじゃ! それに、この二匹ならミステリドールが生まれる、ユカのパーティも強化されること間違いなしじゃな」
 オルフェの抵抗もむなしく、二匹の乳繰り愛はユカの前に晒され、早速お見合い即配合、と相成った。

 ミステリドールの孵化を待つ間、ユカは新しい仲間を連れてプリオの牧場で時間を潰すことにした。牧場ではテトとサンチが模擬戦を行っていたが、ユカが来たと知るやすぐに打ち切って、新しい魔物の紹介や親ばか自慢に花を咲かせた。魔物達の殆どはユカに懐いていたが、相変わらずあばれうしどりとだけは相性が悪いのか何なのか、背中にまたがろうとしたユカは三秒と待たずに餌の藁山へ放り投げられた。うしのふんの直中に放り込まれなかっただけ温情があったと言えようか。
「こんにゃろう! まったく、あんな奴よりオイラの背中に乗ればいいのに」
「それじゃ意味ないでごぜますだ。ユカ様は、リブにくと仲良くなるのが目的で……アワワ」プリオはプリオで別のあばれうしどりに振り回されていた。口に縄をつけて必死に引っ張っていたが、急にUターンされて盛り立てふんの山に飛び込む。
「あーあ、やっちゃった」
 カレキ王がいなくてよかった、と思うオルフェであった。
 とはいえ、以前に比べれば背中にとどまっていられる記録は明らかに着々と更新されており(それでも、一分としがみついていられないのであった)あばれうしどりが如何にらんぼうものとはいえ、それなりの、ごくか細い信頼関係は構築されつつあるように思われた。
「そうだ、ユカ様! 思い切って、あさってのロデオ大会に出てみませんですだか?」
「とんでもない! 大会までにユカさんが怪我したらどうするんですか」
 テトが飛び上がらんばかりに大反対。オルフェもびっくりの勢いである。
「え、い、いいんじゃないかな、気晴らしになるし」
「何言ってるんですか。大会に出られなくなったらどうするんですか。ロデオって危ないんですよ!」
「え、出てみたいんだけど……ダメかな? 確かにケガは怖いけど、こっちはお遊びだから無理はしなくていいですし、あくまで本命は大会ですから」
「ま、まあそれなら良いのかなぁ……」
「ほんっとテトはへたれだな!」サンチはテトの背中をばしばし叩く。「テトももうすぐBクラスの試験だろ、こんなところで油売ってないでがんばんな!」
「は、はい」テトは頭をかいた。「マスター養成塾の塾長さんにも、筋がいいって大分ほめられたんで、Bクラス、何とかいけそうです」
「ユカみたいに、誰が来るかわかんないわけじゃないからなっ」サンチは軽くテトの脇をこづく。「まそれでも、今までへたれてただけだから、Bクラスくらいならいってもおかしくなかったけどな。……来年には俺が追いこす予定だし」
「さ、サンチさんには負けませんからっ」テトも胸を張って返した。何だかんだでこの二人、いい友達兼ライバル同士らしかった。

 ロデオ大会の日はそりゃあもう口を挟みようがないほどの素敵なピーカン晴れだった。
 日差しは強いが風はもうひんやりして、すっかり秋の空気が出来上がっている。マスター試験の日と重なってはいたが、大会へと足を伸ばす層も存外いて、周りにござを敷いてお弁当を広げる親子連れで賑わっていた。
 選手は12人、星降りの夜の大会には出ないようなモンスターマスターが中心だったが、中には飛び込みの冒険者やただの町人A的な人も混じっている。いずれもそれなりには腕に覚えがありそうな面々で、子供はユカだけである。
「さーて、つぎがユカ嬢ちゃんの番ですだよ、無理は厳禁ですだ」
「うん!」
 ユカは押さえつけられたあばれうしどりの背中にまたがる。ゲートが開け放たれ、あばれうしどりはものすごい勢いで飛び出していった。
「ん、ユカは結構ああ見えて意地っ張りっていうか負けず嫌いだからナァ」オルフェは肩をすくめる。
 あばれうしどりはユカを背なに乗せたまま、上へ下へとねじくれた木の枝の様な歩みで暴れ回る。上下の動きがあるので、運動量の割には遅々として進まないのである。ユークァルはあばれうしどりの背中に密着し、何とか粘る。粘って三馬身ならぬ三牛身程進んだところで、ぽーんと横っ飛びに飛ばされて藁山の中に吸い込まれた。
「ワォ」
「いやあ、跳びっぷりがさすが、ユカ様ですだなぁ」プリオはすっ飛んでいくユカをのんきに見守っている。ちょっと間を置いて、藁の山から勢いよくユカの頭が飛び出す。
「ぷはー」
「お疲れ、残念」
 藁くずを払いながら戻ってきたユカを出迎え、オルフェはユカの肩を軽く叩いた。「規定時間内に振り落とされたから失格だってさ」
「やっぱダメか」ユカは肩をすくめる。「んでも結構楽しかった」
 自分の出番が終わったので、観客席に戻ってユカ達はお昼のサンドイッチを食べ始めた。ケガを心配するプリオに無事アピールをしていると、遠くからテトが息を弾ませ駆け寄ってきた。
「あ、テト! ……その感じだと、合格みたいですね。おめでとうございます」
「ユカさんはどうでした?」
「あはは、私はダメでした」ユカは頭をポリポリかいた。払いきれなかった藁くずが飛び出す。「よかったら、サンドイッチいかが?」
「いただきます! 試験の日はどうしても胃が受け付けなくて」差し出されたトマトチーズサンドを受け取り、テトはユカの隣に座り込む。「さすがのユカさんもロデオまでホイホイ出来ちゃったりはしないんですねえ。ボクは怖くてチャレンジもムリですけど」
「あの人とか見てると、体重のかけ方なんかが全然違うんですよね」ユカはブルーベリーサンドをほおばりながら、あばれうしどりの背中にまたがる男を指さす。「ああいう人にはちょっとやそっとじゃ勝てないかな」
「いやいや、でもユカはよくやったよ」オルフェは空いたカップに茶を注いでテトに勧めた。「テトも合格おめでとー」
「有難うございます」受け取ったお茶を飲み干し、テトはカップを返す。
「これも全部、ユカさんのおかげです。ここまで来れたのも全部」
「そんなこと、ないと思うけど……テトが頑張ったからです」
「でも、そのきっかけをくれたのは、ユカさんのおかげです」テトは力を込めた。「あの、大会に出たいとか、そういうのじゃないんですが、またユカさんと戦ってみたいと思ってるんです。……恩返しっていうか、そんな感じです」
「もしそうなっても、万が一私が負けたらなんて考えないで下さいね」ユークァルはテトの手を握った。テトも力強く握手して、ユカに応えた。

 それにしても。
 ユカにはずっと疑問に思うことがあった。
 この世界は魔物達と人間とが不思議と仲が良い。ユークァルが今まで見てきた世界でタイジュほど魔物と人とが共存している世界は無かったように思える。マルタやカレキやその他の国の事情は知らないけれど、ここはそういう点では理想郷にも思われた。もし星降りの夜の大会がアレフガルドや他の世界だったら、きっと魔物達が大会を邪魔しに来るだろう。
 何でだろう。
 こういう事が詳しそうなのは、王様かモンスターじいさん辺りだろうか。
 王様にでも聞いてみようかな、と宮殿に向かう途中の道ばたで、珍しくわたぼうに出くわした。
「ゆ、ユカは元気そうわたね。順調そうで何より」
「まだ警戒してんのかよわたぼう」オルフェはにやにやしながら半径5mをぴったりキープするわたぼうに近づく。「首をポキッなんてもうしないから。な、ユカ」
 うん、と肯き、わたぼうを手招きする。タイジュのことなら王様よりわたぼうの方が詳しいに違いない。わたぼうは周りをキョロキョロ見回して別のものを警戒していたが、とととっと駆け寄ってきてオルフェの背中に飛び乗った。「なにわた?」
「なーんだ、調子のいいやつだな、ま、わかってたけど!」
 オルフェがちょっと跳ねると、それに合わせてわたぼうもオルフェの背中で跳ねた。
 何故星降りの夜は魔族に邪魔されないのか。ユカは思い切って尋ねてみることにした。
 わたぼうは意外な問いに元々まあるい目を更に丸くした。
「ユカがそんなことを聞くなんて、意外わたね」
 わたぼうはちょっと誇らしげに語り始めた。「かわいいところもあるわたね。えっへん、こっちに野生の魔物がいないのはわたがあるよ」
「わた?」
「あ、その、わけ」わたぼうは慌てて手を振る。
「ずーっと昔、わたぼうの御先祖様が……人間に悪さする魔物を旅の扉に閉じ込めたんだ。その代わり、御先祖様はあることをこの世界の人たちに命じたんだわた。星降りの夜が来る度に、格闘大会を開くこと! ホントかウソかわからないけど、だから大会はあるんだよ」
「ふぅん」ユカは納得したようなしないような、返事とも独り言ともつかないような謎のつぶやきを漏らした。



 その頃。
 ロデオ大会でタイジュが賑わっているさなか、町外れの泉に二つの影。初秋の風のざわめきを除いては至って静かで、人影もない。
 泉のほとりに腰掛けているのは二人の人ならざる者である。拗くれた二本の角と青い肌の偉丈夫、もう一人は色素の薄い、透き通るような髪と肌の女である。付かず離れずの微妙な距離を保ちつつ、水面に指を浸す。女も男も、互いの顔を見ようとはしなかった。
 今日も今日とて世界の支配者は、天空城を抜け出してタイジュへ来ていたのだが、今はヴァーノンや昔の仲間たちが実務を手伝っているので、以前ほどには煩く言われなくなっていたのだった。
(……これからは、もう少し頻繁に来られると思う)
 水面がかすかに揺れて、感謝の意を伝えた。
 二人は水を通した、念話で会話しているのである。
 女は口が利けなかった。利けないが、水に身を浸す事で感情やイメージや意思を共有する事が可能である。複雑な概念思考を伝える事は出来ないが、二人の間にそれ以上は必要なく、十分やっていけた。
 が、百年余りの年月は二人を隔てるには十二分に過ぎた。
(お前は死んだ、とリカルドに聞いた。……どうして、ここに?)
 竜王は女の顔をのぞき込んだ。黒目がちの潤んだ、憂いを秘めた瞳、綺麗に切り揃えられた、長い、濡れそぼった髪。肉感的な唇。長いまつげ。昔と何一つ変わらない。
 変わったのは己だ、竜王はそう結論づける。自分自身も、周りも、余りにも変わり過ぎて、どう受け止めて良いのか、その余地はあるのかもわからなかった。女にとってはただ己のみが寄る辺であって、何より過去の己を受け容れてくれた大切な (ひと) を拒むなどという考えは、端から湧いては来なかった。
 だからこそ、やっかいなのだが。
 既に己には子も、別に妻もある。
 ちっとも返事が返ってこないのに気付いて、竜王ははっと思い直した。複雑な事情を念話でやりとり出来ないのを忘れていたのだ。
(何故、ここに、いる?)
 返答の代わりに、もやとしたイメージが伝わる。わからない、と言う事らしかった。が、そこに感情のぶれを認めて、別の問いが湧き上がる。
 何かを隠している。
 変わったのは、己だけではない。
 だが竜王は敢えて問いには乗せなかった。指を水面から引き上げる。
「年月の隔たりとは残酷なものだな……近頃な、よく昔の事を思い出す」竜王は厭う様な、懐かしむ様な眼差しを手元に落とす。
「今となっては思い出したくもないような、忘れかけていた事ばかりだ。不思議だな」
 竜王は蒼い、無骨な手を伸ばして、女の頬に触れさせた。
「そなたを忘れずにいてほしい、という願いが伝わったのやも知れぬな……あいや、そなたを厭うておるのではない」竜王は慌てて言い繕ったが、己の浅はかさを露呈しただけに思えて却って惨めになるだけであった。
 結局それっきり、二人は押し黙った。嘗ての恋人が、気まずさに追い立てられる様にそそくさと立ち去る姿を、女は何時までも目で追っていた。



 夕食の席で、ユカはロデオ大会について報告した。ルビスは笑顔でユカの報告に耳を傾けていたが、話が星降りの夜の由来に及んで、ふと手の動きを止める。
「そうなの……」
 ルビスの顔が曇った。
「わたぼうも、本当のことを知らないのね。……いいえ、口伝で伝えられる内に歪められたのかしらね……世界樹の精霊が光と闇との盟約の象徴であることは事実だわ。世界樹が魔界と、地上の世界を分断しているのも、ね。今なら言えるわ」
 ルビスはフォークとナイフを置いて、世界樹を巡る魔と神との盟約について語り始めた。

 話の内容をかいつまんで述べると、かの国における人と魔物達との共存は、人と魔物との断絶から生まれた。実に皮肉なパラドックスである。
 世界を支えているのは世界樹であり、世界のあり方は世界樹に依存している。
 世界を悪意によって作り替える事を望んだ神も、枠組みそのものを壊す事までは望んでいなかった。もしも魔族が世界樹を攻撃したら、この世界は大きな打撃を受けるだろう。攻撃しないにしても、一部分だけでも魔族の支配下に置かれでもすればどうなるか判ろうというもの。悪意の化身たる己が分霊が世界を滅ぼすなどとは考えもすまい。と初めこそ侮っていたものの、やがて、己の悪意を信じられぬが故に、世界の主は万が一に備えて予め手を打っておくことにしたのだ。
 己が望んだ事とはいえ、そこまで思うが侭に己の作り出した世界をいいようにされては後々面倒、そう判断したマスタードラゴンは、根の国を光の世界の領分とし、魔物達には踏み込めないように定めた。
 魔物達の魂は、死者の世界から締め出されて行き場を失った。魔界は大混乱に陥った。
 陥ったところで、マスタードラゴンはのろのろと重い腰を上げて対策を施した。
 マスタードラゴンは魔物達の慰霊を世界樹の浄化機能に託した。世界樹の精霊に命じ、タイジュや世界樹周辺の国へと魔物達の魂を集めたのである。集められた魂はこれらの国々で散々悪を為したが、人々の手によって異界へと封じられた。封じられ、世界樹の精霊と人々の手によって浄化されたのである。
 こうして、魔物達と世界樹の精霊との間に、盟約が結ばれた。
 魔物の慰霊を引き受ける代わりに、世界樹を中心とした地域を完全中立として、人と魔物が共に暮らす国にすると。
 魔物達は破壊と混沌、悪意とで造り替えられた生き物、強きが弱きを支配する。故に、闇に強く支配された魔界の存在は、死者の管理という領域からも閉め出され、慰霊されぬままに放置されていた。それを引き受けている人間達を魔物達は攻撃できない、という事らしい。
「変ですね」
「ン? 何が? あっふあっふ」オルフェが口いっぱいにオムレツを頬張りながら尋ねた。
「人と魔物が共に暮らす国なのに、別に平等じゃないよね」ユカのフォークの先はポトフの中のジャガイモを熱心に転がしている。ジャガイモはフォークの跡でいっぱいだった。「魔物はモンスターマスターに飼われてるじゃないですか」
「あー、なる」
「オルフェ、ケチャップ拭きなさい」ハーゴンが口を挟む。「元のいきさつはともかく、光と闇によって引き裂かれた魔物と人とが平等に、というのは難しかったのかもしれません。個々の能力では、人の方が総体としては劣っているのですし。……魔物がマスタードラゴンの悪意から産まれた存在である以上、普通の形では相容れないのかも知れない」
 正確には、違う。
 意志を通じ合い、共存は可能だ。
 だが、そうある事を創造主は望まなかったのだ。だからこそ排除された。
 一同は深い、嘆息を漏らした。爪痕は余りにも、深い。

 マチコ姐さんの酒場兼喫茶にて、ユカとテトはお茶をすすりながらプチデート中。テトがユカのBクラス試験対戦相手に決まったのだ。
「ホントテト、すごいです! おめでとう!」
 テトは嬉しそうに頬をかいた。
「今日はBクラス合格と対戦決定をお祝いして、あたしのおごりですよ」ユカはぱくっとパンケーキをくわえた。上にはクリームたっぷりと大振りのマロングラッセ一つ、それにエスプレッソをたっぷり掛けている。テトは栗や芋をたっぷりあしらったパフェを注文し、ウェハースにたっぷりクリームを乗せてかじっていた。
「えっ、そんな、いいんですか」
「エヘヘ、こないだ実は、小さなメダルを拾ったんです。そんで、王さ……め、メダルおじさんにプレゼントしたらお小遣いもらっちゃって」メダルおじさんの正体はバレバレだったが、体面があるから一応ナイショにしてくれ、と頼み込まれていた。何せメダル集めに夢中になりすぎて一度は王妃様に逃げられているのだった。
「なるほど……でも、ボクの方が年上なのに申し訳ないです」
「結構一杯もらっちゃったし、使い所もあんまりないんですよね」特に欲しいものもないですし、と断って、ユカはマロングラッセを指でぽいっとつまんで口に放り込んだ。
「とまれ、対戦楽しみです」
「ユカさんがタイジュ国代表だからって遠慮はしませんよ?」
「へー、ユカさんを差し置いて代表狙いなんだー」
 二人が声の主に顔を向けると、別のテーブルのモンスターマスター二人組がニヤニヤしながらこちらを見ている。
「さっすがテトさん、つい最近までFクラスのマスターだったとは思えないですよねー」
「強気ですよねー」
 テトの顔色がさっと変わった。
「ぼっ、ぼくは、そそんなんじゃない……」
「じゃあ何なんですかねぇー?」
「ううっ」テトは顔を真っ赤にして俯いてしまった。「違うんです……」
 ユカはフォークとナイフをぐっと握り締めた。
 が、ユカが動く前にすっと二つのテーブル間を人影が遮る。人影は水の入ったコップをドン、と机の上に二つ、叩き付ける。
「あなた達、Bクラスのマスター決定戦でテトに負けてたでしょ?」
 マチコ姉さんにいい笑顔ですごまれ、二人はテーブルにお代を叩き付けて逃げ出した!
「あんな奴らのいう事気にしなくていいから、ゆっくりしていってね!」
 マチコは二人の去ったテーブルを拭き拭き、ユカ達にほほえんだ。

 お店を出た後、二人は土手で、夕焼けを見ながら寝っ転がっていた。
「あの…………」
「気にしなくていいですよ。負け犬の遠吠えです。マチコさんも言ってましたし」
 口に出してから、ユカはちょっとしまったかな、と思った。が、思った事ははっきり言って貰った方が、テトにとってもすっきりするだろう。
「あの、続き」
「あ、うん」テトはちょっと口ごもったが、上半身を起こしてユカに向き直った。
「ボクはユカさんを差し置いて代表になりたいとか、そんなつもりで代表になったんじゃないです。ユカさんにで会うまで、ずっと行き詰まってて、自分はダメだと思い込んでた。
 そんなボクを生まれ変わらせてくれた。ユカさんは、ボクの恩人です。
 ユカさんのお陰で、もっと自分も上を目指したいって思えるようになった。だから、追いつけないかも知れないけど、追いかけたいんです」
 自分が偉く身を乗り出していたのに気付いて、テトはもう一度座り直した。
「うん。有難う」
「有難うございます」
 テトが帰るのを見届け、ユークァルは、身に余る幸福をじんわりと噛み締めていた。



 当日。
 ユカのBクラス試験兼星降りの夜の大会参加者決定試験の会場で、ユカは出番を待っていた。扉がノックされたので、開けるとテトがいた。
「あの、試合前に挨拶をしたくて。ご迷惑、だったでしょうか?」
「そんな事ないですよ」ユカはテトの手をぎゅっと握った。テトは慌てた。
「あ、あの、その……」
「あ、その、ごめんなさい」ユカはテトの手をそっと離す。テトは二三度深呼吸して、口を開いた。
「ユカさん、改めて、有難うございます。貴女のお陰で、ここまで来れました。もう一度手合わせできるなんて、僕は幸せです。今日は、よろしくお願いします!」
 テトはお辞儀をし、ユカの返事も聞かないでパタンと扉を閉めた。オルフェが後ろで、変な奴、とか言っているのを聞きながら、ユカは自分の心音がいつになく高まるのを感じていた。


 テトのパーティは、実にテトらしさを反映した手堅いパーティ構成だった。
 恐らく攻撃要員兼壁役のメタルドラゴン、回復役のマッドロン、壁役補強のキャタピラーとガチガチに物理攻撃への耐性を補強してきている。呪文や崩しにはあまり強そうではないが、回復系のマッドロンが如何に粘ってくるか。勿論、テトもその辺りは計算の内に入れている事は間違いない。
 スラおうが主軸になることは間違いないな、とユカは思う。スラおうの他に回復役を担えるメンバーがいないのも厳しいところだ。
「ね、多分スラおう狙われると思うから、即攻で行きたいの。なるべく守る様にしてあげて」
「え、でも攻撃魔法効かないし大丈夫じゃないの?」
 スラおうがずん、と体当たりし、オルフェが前のめりによろめいた。
 ジャッジの旗が振られて、不意打ちの様に試合が始まった。

「ピオリム!」
「イオラ!」
「マヌーサ!」
 素早いユカパーティの魔法による先制が襲う。防御が堅いと踏んで、魔法で攻める作戦に来たようだ。一方、テト組は、守りを固めたマッドロンとキャタピラーの前に立ちはだかり、メタルドラゴンが素早く首を振った。
「上ですっ!」
 頭上から降り注ぐ岩石。ユークァル達の頭上を石礫が襲う。スラおうは流石の貫禄、金属製の表面には傷一つ付いていない。が、仲間達はそうもいかなかった。オルフェは血まみれだし、ミステリドールのドグーンちゃんはひび割れている。
 一方テトは、ユカの思惑とは別に向いていた。
 傷だらけの仲間を、ユカのメタルキングのベホイミとマッドロンのベホマラーが回復する。続いて、ミステリドールが唱え始めた呪文が、不意に雲散霧消したのだ。
 キャタピラーの口から、黒い霧が溢れ出た。
 ユカが声を漏らしそうになるのを一瞥しつつ、テトはさっと手を上げる。メタルドラゴンが牙をむき、重たげな頭を振り子の様に大きく振り上げ、オルフェに襲いかかった。オルフェはとっさに飛び退いたが、飛び退いた後の地面は大きくえぐれて凹んでいる。
「オルフェ逃げて」
 おうっ、といらえて、オルフェは空中に飛び上がった。
 魔法が使えなくなったので、マッドロンは怖くなくなった。従って、ダメージソースのメタルドラゴンを何とか潰さねばならない。ユカが指示を出すと、ミステリドールはひゃくれつなめ、メタルキングはだいせつだんで襲いかかる。もっとも、あまり効いている感じではない。ミステリドールの激しい舌使いにも、メタルドラゴンは涼しい顔をしている。
 テトはここぞとばかりに攻勢を掛けてきた。マッドロンがクネクネとせくすぃ〜な腰つきで踊りを踊り始め、ドグーンがつられて踊り始めてしまった。キャタピラーは黒い霧を吐き出した同じ口で今度は紅蓮の炎を噴き出す。オルフェは逃げているが仲間二人、主にドグーンはまともに炎を受けてしまった。
 メタルドラゴンが、低く身構えて突進してきた!
「いけぇっ! みなごろしだぁ!」
 テトらしからぬ物騒きわまりない台詞、そして大歓声。吹っ飛ぶスラおうの巨体。ワンテンポ遅れてドサリと音を立て、重たげにバウンドして、メタルキングは動かなくなった。ユカは目を見張る。
 メタルドラゴンの胴体が、遅れて頭が大きく沈み込んだ。完全な不意打ちだ!
「チェリャアアアァァッ!」
 ずん、と重量感のある音と地響きが舞台に広がる。オルフェがメタルドラゴンの胴体ど真ん中めがけて全体重を掛けた一撃を見舞ったのだ。メタルドラゴンは何とか体勢を立て直そうともがくが、オルフェに頭を踏まれて力尽きた。
「ふぅ……」
「オルフェっ、うしろ、うしろ!」
「のわちちっ」
 オルフェを再び襲う紅蓮の炎。オルフェは羽ばたいて炎の直撃を免れたが、ほんの少し羽根の先が黒く焦げる。ミステリドールは二度のブレス直撃を受けてひび割れ進行、熱を帯びているのかじじじ、とかすかな音を立てている。
 何とかしてあげたい気持ちはあったが、もう無理かな。
 黒い霧で魔法は使えず、踊らされっぱなしで殆ど役に立っていない。パーティ構成や流れが違えばもう少し活躍出来たかもしれないが、魔法を封じられ、崩しが効かない相手を敵に回しては、仲間が懐いていようがどうであろうが、諦めるより他になさそうだった。
 これも勉強と割り切るしかないか、うまく出来なくてごめんね。
 最後に残るオルフェを如何に有利な状況に持っていかせるか。マッドロンとキャタピラーを見比べる。
「ドグーンちゃん、キャタピラー殴って!」
 炎を受けて燻っていたミステリドールの目が一瞬光った様に見えた。
 ミステリドールのひび割れた体がふわっと浮いて、テトの目の前を素早く横切った。重い音と衝撃で、芋虫の柔らかい体が大きくたわむ。
 しかし健闘ここまで、ドグーンはテトのキャタピラーによる反撃を受け、大きく弧を描いて跳ね飛ばされた。ガシャンという音と共に破片が辺りに散らばる。
「……流石ですね」
 テトは感心のつぶやきを漏らした。劣勢ながらもどう自分を有利に持っていくかきっちり判断をし、仲間を切り捨てるときは切り捨てる。こういう判断は彼の苦手とするところであり、そして熟練のモンスターマスターでもしばし躊躇うものである。こういう判断がすぱっと出来るところがユークァルの強さだ。
 でも、まだ優勢だ。
 ユークァルのパーティは火力不足だし、まだ2vs1だ。
 こちらもダメージソースのメタルドラゴンは倒れたが、まだまだいける。
「どくのいきっ!」
 マッドロンの口から、不気味な色合いの気体が溢れ出した。オルフェはまともに吸い込んでしまい、激しく咳き込む。炎の息に勢いでは劣るが、じわじわと体力を奪っていく猛毒製の息である。
「お、おえぇ……」
「オルフェ後ろ!」
 オルフェは毒に耐え、思い切り踏ん張って後ろ足を蹴り上げた。襲いかかるキャタピラーの顎に蹄が突き刺さる! キャタピラーはひっくり返ってじたばたしているが、やがて動かなくなった。
 オルフェが荒い息をついていると、足下がぼこっと盛り上がる。オルフェは足下を取られてよろめく。マッドロンはオルフェの足を取ろうとするが、そうはさせじとオルフェも飛び退く。武器を構えたオルフェに、マッドロンは再びのマヒャド斬りを振りかざす。オルフェの蹄が氷に包まれた。オルフェは蹄を地面に叩き付けて、氷を振り払う。
 オルフェの体ががくっと沈み込む。傍目には毒がかなり回っているように見えた。オルフェはしかし盾を構え直し、身をかがめてフレイルを握り締める。
「いけっ!」
 マッドロンは再び、今度は正面から襲いかかった。オルフェは斜め上へと大きく、フレイルを跳ね上げる!
 泥と青い血が飛び散った。盾で衝撃を殺してはいるものの、ダメージは確実に蓄積しているようだった。翳された盾の影から、二つ、三つと滴が落ちる。マッドロンも顔面にフレイルの一撃をもろに受け、顔の形が凹んでいた。
「ってぇ……」
 ユークァルの今後全てが自分の双肩にかかっている。
 オルフェは思考を巡らせた。自分が勝たないと、ユークァルは星降りの夜の大会に出られなくなる。どうやってユークァルを勝たせればいい?
 オルフェ得意のヒットアンドアウェイは、毒の周りが早まる以上あまり有用とは言えなかった。魔法も封じられており、先ほどマヒャド斬りを受けた足はじんじんと痛みが上がってくる。なんとか早めに決着を付けなければいけないが、相手を確実に仕留めるうまい方法はないだろうか?
 オルフェは以前の星降りの夜を思い起こしていた。
 マッドロンの体がぐにゃりと歪む。オルフェは再び、身をかがめて踏ん張った。
「さあ、こいッ」
「いけーっ!」
 周りの歓声が波の様に襲いかかる。毒が意識を少しずつぼんやりとくすませている。そんな中、オルフェは影のように地面を這ってくるマッドロンを必死に凝視していた。
 どちらにとっても、次が決定打だ。
 マッドロンがオルフェの足下から、急に量感を取り戻した。
 オルフェは立ち上がり、前足を大きく振りかぶる。全体重を掛け、マッドロンを踏みつけにかかった!
 マッドロンの作戦はこうだった。殴りに来ると見越して、足下から顕現しひっくり返してやろうとしていたのだ。が、当ては外れ、全体重を掛けられたマッドロンの体は大きく凹んだ。マッドロンはもがくが、オルフェは何度もマッドロンの体に盾を叩き付け、その内動かなくなった。
 歓声と叫び声、健闘を讃えるユークァルの声を間遠に聞きながら、オルフェの体もまた、マッドロンの体の上に沈み込んでいった。

 Bクラス昇格の内輪祝いもそこそこに、テトとユカはいつもの土手で、パーティ会場からこっそり持ち出した手羽先とパンをかじっていた。会場の熱気を忘れる程の優しい夜風が、二人をそっと撫でていった。虫の鳴き声が幾層にも重なり、秋の深まりを知らせてくれる。魔物達はプリオ牧場に預けられ、皆仲良くとっておきのしもふりにくを食べている。
「気持ちいい風ですねぇ」
「うん」ユカは髪をかき上げる。「プリオやサンチだけのつもりだったのに王様も来るし、マチコ姉さんはケーキ持ってきてくれるしで、なんかすごく賑やかになっちゃったもんね」
「Bクラスマスター合格って事は、そんだけすごいって事ですよ」テトは指をぺろぺろなめていた。手羽先を食べた骨にはしっかり肉が残っていて、テトはそれを麻袋に入れる。あとで魔物達のおやつにするのだ。「もうタイジュ国内だとユカさんの試験官になれる相手はいないかもですね」
「それは困るなぁ……」ユカは思案する。ユークァルの握っている手羽先の骨は殆ど肉も軟骨も付いていない。「あ、この骨あげるね」
 テトは礼を言って麻袋に骨をしまう。「もっと魔物も強化しないとダメですしね。ユカさんのミステリドール悪くないと思うんですけど、あんまり戦い方に応用効かない感じに見えますからねえ……明日辺りうちのメタルドラゴンとお見合いしましょう」
 ユカは首肯しつつも、テトが麻袋の中の骨を外から持っちゃ持っちゃと弄くっているのを見逃さなかった。
「で……何の用?」
 テトは目を瞠った。そして、急いで懐をまさぐる。
「あの……これっ」
 テトは強引にユカの手を取り、手の中に何か硬い物を押しつけた。ユカは手のひらをそっと開く。
 中には、金属製の指輪があった。無骨な作りで、ユカのどの指にも有り余るサイズだ。ユカは指輪をつまみ、穴の中から月をのぞき込んだ。
「これ、くれるんですか?」
「あっ、は、はい!」テトはどもり気味にいらえた。「それ、お守り代わりに持っていて欲しいなって。ぼくの宝物なんです」
「宝物って、大切な物じゃないの? 貰っても、いいのかな」
 使い込まれた風合いの指輪は、とても大事な物に違いない。ユカは指輪の中に指を入れて振り回す。
「それ、旅のまものつかいさんに貰ったんです」テトははにかみがちに応える。「むかーし、野良魔物に襲われたことがあるんです。ボクを助けるために、みんなが野良魔物を殺そうとした。だけど、そのまものつかいは違ってました」
 テトは空を見上げた。
「その人は仲間の魔物にボクを守らせて、自分は魔物の前に立ちはだかりました。まものつかいは暴れる魔物に跳ね飛ばされてケガまでしていたのに、皆に手出しをしないように言ってから、そっと魔物の頭を撫ぜながら、話しかけたんです。
『何があったのか、話してご覧?』って。
 魔物はわめきながら、足をぐわっと踏み出したんで、ボクはその人が踏みつぶされるんじゃないか、ってすごく怖くて、泣きそうになりました。
 でもその人、踏み潰されなかったんですよね。魔物の足の裏をじっと見つめて、足に触ったんです。で、ひょいっと何かを抜いて。
 何かなあ、ってよーく見たら、棘だったんですよね。ささくれが足に突き刺さって、痛くて泣いて暴れてたんだって。襲いかかったのって、棘を取って欲しかっただけみたいでした。だから」
 テトはユカの指を、そして顔を見た。「ボクもあの人みたいになりたいなーって。それ、そのまものつかいさんに貰ったんです」
「そっか、わかった。もらっとくね」
 二人は頷いた。
「ユカさんはあの人みたいな素敵なまものつかいになれると思うんです」

 ユカは せんしのゆびわを てにいれた!
 ぶかぶかの指輪は銀の鎖を通して、ユークァルの首に収まった。


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