Dragon Quest m-i 〜ユカのワンダーランドと愉快な下僕共

〜第二章 Fクラス 惑いと喪失、


 天空城に戻ってGクラス突破を報告するユカに与えられたのは、激励でも誉め言葉でもなく、更なる精進を求める竜王の厳しい訓戒だった。報告の様子に何処か得意げな様子を嗅ぎ取れたからかも知れなかったが、初めての試験をクリアした彼女には些か冷たすぎる水の趣があった。ユカは反論しなかったが、お八つを貰いに行った先の台所でイチジクのタルトを平らげ、態と行儀悪く足をぶらぶらさせていた。その日の台所当番はムーンペタの町長で幼い頃からユークァルを世話してきたあの老婆だったが、ユークァルの足をぴしゃりと叩いたので、ユークァルは何も言わずに台所を飛び出してしまった。
 ユークァルは自分に言い聞かせようと必死に思考を巡らせていたのに、行き場のない感情を止められなかった自分を不思議に思い、そして、お婆ちゃんにごめんね、と言えなかった自分に腹を立てていた。
 ユークァルは父の下に寄らずにタイジュへ帰る事にした。そんな自分を父に見せるのが嫌だった、からだった。

 中庭へと出たところで、ユークァルはリカルドとばったり鉢合わせた。リカルドはいやにコソコソしていて、ユークァルと鉢合わせたのが何か拙い事ででもあるかの様な疚しさ満開ぶりを丸出しに、急いでその場を後にしようとした。
「どうしたんですか?」
 リカルドの足取りがぴたりと止まった。
 ほんのきっかり2秒後、リカルドは突如振り返った。
「じょ、嬢ちゃまに言われても、このリカルド、嬢ちゃまの魔物になぞ断じてなりはしませんぞ。ただでさえ旦那様が大飯ぐらいなのに……おっと、これは旦那様には内緒ですよ」
 リカルドがえらい剣幕で唾を飛ばしまくったので、ユークァルは顔に付いたリカルドの唾を拭い取らねばならなかった。
「そんなこと言ってません。……どこかに行くんですか?」
 リカルドは目を丸くした。やっぱり、ほんのきっかり、今度は0.5秒後にリカルドは慌てて口を塞いだ。
「……あ、あのですね。その。ちょっとお買い物に」
 リカルドはユカの質問疑問反論を待とうとも聞こうとも答えようともしないぞ、とばかりに耳を塞いで、足早に門から出て行ってしまった。
 ユークァルはリカルドに置いてけぼりを喰らった侭、足を三箇所ほど蚊に刺されるまでその場に立ち尽くしていた。

 ユークァルはタイジュに戻って一人、魔物相手に訓練を積んでいた。テトはFクラスの試験を受けている関係で、結果が出るまではトレーニングに付き合ってくれとは言えなかった。そろそろ結果が出ている頃だから、又テトに会えるだろう。
 合格しているといいな。
 遠くから、テトが手を振りながら駆けてくるのが見えた。晴れ晴れと、自信に満ちた面が夕日に照り映えていた。
「おめでとう!」
「どうして解ったんですかボクが合格したって!」テトはユカの手を取った。「Fクラス余裕でしたよ! 今まで何やってたんでしょうねボク」
「顔を見ればわかります」
 テトは照れ笑いをした。
「ボクのはカンタンだったけど、ユカさんのFクラス試験は大変ですね。だって3人と戦うんですから」
「えっ?」
 ユカは瞬きした。テトも瞬きした。
「あれ? 知らないんですか。ああそうかタイジュから離れてたんですよね。じゃ、暫くIMC本部も見に行ってないでしょ。時々見に行った方がいいですよ。他のマスターもたくさん来てますし、情報収集しなくちゃ」テトはユカの手を引いて走り出した。

「星降りの夜 代表選考クラスマスター試験挑戦者名発表
Fクラス
 ミヤおう
 ゆうてい
 キムこう
 以上三名を認定す。」

 ユークァルは早速魔物達を連れてIMC本部へと馳せ参じた。成る程、掲示板には既に、ユークァルのFクラスマスター昇進試験担当のマスター名が公表されていた。ユカはモンスターマスター界の動向に疎かったので三人の名前を知らないのは当然として、周りに聞いてみる限りでは、どうやら他のマスターにも彼等の名はは知られていないようだった。尤も、このクラスのマスターでは、親が有名マスターでもない限り注目を浴びるような事は無い。
「しかし、三人とは大変ね」マチコ姉さんはカウンター越しにユカの魔物をちら見した。ユカはIMC併設のカフェ兼居酒屋――以前此処で、トトカルチョを巡ってユカの仲間とテリー率いるバラモス達が一悶着を起こしていたのも今は昔だ――で、魔物達と共にカウンタで世間話をしていた。
「Gクラス試験の時より多少は鍛えたみたいだけど、もっと鍛えないといけないわよね」
「はい」
「そろそろお見合いも考えなければいけないわね」
 そうですね、と答えてはみたものの、初めての仲間と漸く意志疎通が出来るようになった事を思うと、未だ彼等を手放す気にはなれなかった。もう少し強くしてからお見合いします、と答えて、ユカは返答を先延ばしにした。マチコもそうね、と応えてカフェオレを出してくれた。
「あら、来たわよ」
 ユカがカフェオレを啜りつつ振り向くと、床を踏み鳴らす音が遅れてやって来た。
 変ったヴィジュアルだな、他の世界から来たのだろうとユカは思った。
 一人は革ジャンに髪を立たせ、サングラスで顔は見えない。他の連れもゴーグルとモヒカン、色付きレンズのメガネと虎革で、やはり目許が解らない。こんな衣服はこの世界には売っていないから、彼等が余所の世界の住人である事は誰の目にも一目瞭然であった。
「目許が見えると表情が解るから、隠しているんですね」
「あらそうなの」マチコはカウンターに肘を付いて珍客を迎えた。「やだ、こっちに来るじゃない」
 男三人組は態と足音を立てながら、ユカの座るカウンタの前に仁王立ちになり、ユカを囲んだ。
「キミが、タイジュ公認モンスターマスターのユカだな!」
「はい」
「俺達は、魔王を使って優勝するような悪徳マスターには負けないぜーっ! あたたっ!」
「お前達にこの世界を好き勝手にはさせないぜっ! たわば!」
「あべしっ! ずえっ!」
「魔王?」
「しらばっくれるつもりだなっ」モヒカンの男が詰め寄った。
「世界をメチャメチャにして勇者を倒した挙げ句、その後神を倒して世界を征服するなんてとんでもない奴だぜーっ!」
「今回もタイジュの王様を騙して、星降りの夜に悪さをするつもりだせっ!」
「去年の星降りの夜みたいな事をしてSクラスマスター試験に合格しても、俺達は認めないぜっ!」
 ユカはスラリンとばくちゃんとえだまめを見た。「そんなつもりないですけど」
 男達も爆弾岩とスライムとビーンファイターに気付き、お互いに顔を見合わせた。
「とっ、とにかく! 魔王なんかには負けないぜ!」髪を立てたグラサン男はユカを指差して言った。
「ひでぶっ!」さっきから意味不明の奇声を上げるだけの虎革男も、真似て指を指した。
「何よ、貴男達さっきから失礼ね。お店でお客様にイチャモン付けるのやめてくれないかしら?」
 マチコ姉さんがカウンターから出て、ユカと彼等の間に立ちはだかった。男達は「悪の手先には負けないぜーっ!」などと口々に叫びながら、決まり悪そうに店を出ていった。男達が出て行くと、マチコは入口に塩を撒いて戻って来た。
「何なの、あの連中。……ユカちゃん、恨み買うような憶えはなあい?」
「……うーん、特に……」ユカはカフェオレを啜った。恨みを買う憶えが無いと言えば嘘だ。この手は何百という生き物の命を奪って来たし、彼等の言う『魔王』達は、更に多くの命を奪って来た。彼等を仲間として連れ歩いたというだけで、恨まれるに値する立派な理由になる。
 あーあ、面倒だな。
 ユークァルの上に憂鬱がまた一つ、のし掛かった。

 とはいえ、憂鬱を試験の合否の言い訳にする訳には行きかねたので、ユークァルは早速、三人の戦力を探りに掛かった。解らないよりは解っているに越した事はない。
 が、三人が何処で訓練しているのか、ユークァルはなかなか見付けられなかった。IMC本部にもいないし、他の魔物使いに聞いても知らぬ存ぜぬと判を押したような答えばかりが返ってくる。トレーニングセンターを訪れてみたが、三人が借りた様子はない。
 未知の敵に頭を悩ませるユークァルに、朗報が飛び込んで来た。昨日の夕方、サンチが街の外れで魔物達を遊ばせていたら、見慣れない三人組が屯っているのを見掛けたらしい。ユークァル達は早速偵察に向かった。
「あ、いたいた」
「しーっ」
 ユークァルと子供達は両手に木の枝を握り締め、擬装したつもりで異世界から来た三人組を観察していた。残念ながら魔物を連れている様子は無い。えだまめの鞘がはみ出たので、ユカは鞘を押さえ付けてえだまめを繁みの中に隠した。
「魔物、いないね」
「そうですね……」
「お前たちのやっていることはまるっとすりっとごりっとエブリシングお見通しだ!」
 背後からの声に目をやると、虎革グラサン男が腕を組んで、ユークァル達を睨み付けているところだった。
 ぎゃふん、という間もなく、グラサン髪立て男がユークァル達一行を繁みから引っ張り出した。
「のぞき見するとはいい根性だぜっ!」
「魔王の手先はやることが卑怯だぜっ! たわっ」
「それとこれとは関係ありません」ユカは引っ張り出されながら膝を払った。「索敵は兵法の基礎です」
 男達は決まり悪そうに互いを見合った。子供達は口々に、ケチっ、とか、バーカ、とか言いながら、男達を蹴る真似をした。
「とっ、とにかく、俺達の魔物は見せてやらないぜっ」モヒカン男が立ちはだかった。ユカ達はしぶしぶ、その場を後にするしかなかった。

「そりゃ当たり前ですよ。ユカさんはチェックされてるんですから自分とこの戦力は明かしちゃいけませんね、僕はオープンにし過ぎちゃいましたから」
 子供達と牧場の土手での作戦会議中、テトは焼き栗を貪りながら澄まし顔で曰った。あの頃の自信の無さは今はすっかり消え失せ、今のテトには寧ろ少しばかり尊大に過ぎるきらいがある。ユカはテトから焼き栗を受け取って、皮を剥いて魔物達に一つずつやってから自分も食べた。
「そういえばさー、アイツら、変にユカに噛み付いてたじゃん。ユカ、アイツらの知り合いなの?」
 ううん、とユカは首を振った。理由は大凡想像が付くが、テトはもとより子供達にも、口が裂けても言えなかった。
「おれんたがのぞいてきてやるよ! おれら、アイツらに見られてないから警戒されてないと思うよ」子供の一人が胸を張った。
「ホントにいいの?」
「うん。ユカは自分のトレーニングに専念しなよ。おれたち、ユカの味方だから安心しなって!」子供達は焼き栗の殻を辺りに捨てると、早速ミヤ王ゆう帝キム皇の三人組の索敵に取りかかるべく、ぴゅっと広場を駆け抜けて消えていった。

 子供達の偵察報告は、残念ながらまるであてにならなかった。
 目玉の化け物がいるらしい、というところまでは解ったが、言う事がてんでバラバラなので結局何の魔物か解らない。或る子供はおおめだまだと言い、触手があるからダークアイに違いない、と言う子供あり。毛むくじゃらの魔物も、イエティだとか洞穴熊だとか、皆チラ見から適当な推測を交えているので、結局情報など無いも同然だった。
 ユークァルが相手しなければいけない魔物は、三人×三匹で9体もいるのに、二体解って、それがイエティだかお化けネズミだか解らない、というのでは話にならないのだった。
 子供達は尚も偵察に行こうとしたが、ユカは止めた。あれこれ情報をこねくり回したところで、本番になってみないと解らないのでは時間の無駄だ。


 まだまだ残暑も厳しい折、ユークァルのFクラス昇格を賭けたマスター試験会場では、世界の覇者とタイジュ国国王とが冷たい飲物と団扇を片手に、だらしなく肘を付き合わせて何やらぼそぼそと話し合っていた。脇には道化が控えて二人を仰ぎ、日傘を掲げて日陰を作っていたが、この熱射にあっては焼け石に水と言ったところか。タイジュ王は団扇で扇がれ、自らも扇ぎながら、隣の魔物がこの炎天下にあって汗の一つも掻かないでいるのを内心不思議がり、又、世界の支配者とは便利なものだなあ、などと呑気に構えていた。
「いや、いやいや、一時は来てくれぬかと思ったぞい」
「来るつもりはなかったのだがな……」竜王はレモネード入りのグラスに浮かんだ汗を指で拭った。「あんまり毎回来ると、ハーゴンの奴が煩いんだ。だから……」
「レモネードのお代わりを持てい」タイジュ王は畳み掛ける様に空のグラスを目の前で振った。脇でスライムつむりが氷を作り、道化が氷を砕いてグラスに入れる。「ところで、のう、竜王殿、ミヤ王とゆう帝とキム皇の3人コンビ、あれは幾ら何でもやり過ぎじゃ。狡いではないか」
 竜王は鼻で笑った。「確かに狡い。やり過ぎかも知れぬ。が、良いではないか。あれがストレートに試験に合格したとしても、他国のマスターとは経験の差が有り過ぎる。一つでも闘いの経験を積ませる為だ。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと言うではないか」
「な、成る程のう。しかし……」
「ユカなら合格する。間違いない。この程度で躓くようなら、ユカにタイジュ国の代表が務まるものか」
「う、うむ。そうじゃな」
 タイジュ王が納得行かぬ風にレモネードを啜ると、ストローの中を透き通った液体が登って、ハート形を描き乍ら口腔に滑り込んだ。液体が重力に逆らって吸い込まれるのを眺め、竜王はぼんやりと、獅子の仔はさぞかし親を恨んだのであろうな、と心中呟いた。
「赤コーナー、『沈黙の薔薇』ユカ選手の入場です!」
「お、ユカの入場じゃ!」
 周りの疎らな拍手に釣られて、竜王もまた投げやりな拍手を付け加えた。ユークァル達がのそのそと現われて、さして緊張した様子もなくステージ脇に待機する。
「あのキャッチフレーズは何とかならんのか……」
「良いではないか、良いではないか。……あれ?」
「青コーナー、ミヤ王ゆう帝キム皇選手の入場です! ……?? 出てきませんね……」
 なかなか現われないユークァルの苛酷な対戦相手三人組に、場内はざわめいていた。皆が首を捻っていると、突然扉がばんと開け放たれてゆう帝が雪崩れて来た。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ミヤ王がキム皇を探しに行ってるから、少し待ってくれ……」
「しかし……時間までに来ないと失格と、IMC規定の第23条にありますので……れれ、もしかしてあの人ですか?」
「うわ……ひでぶだぜ……」
 客席を縫ってよたよたとやって来た人影は、虎革パンツをたくし上げるキム皇だった。ミヤ王は頭を抱えた。
「30分前にいっとけって言ったじゃねえか! あろ!」
 ゆうていのこうげき! キムこうは 1ポイントのダメージをうけた!
「はわわ……」
「何だ、あ奴は。アレがユカの対戦相手か……」
 キム皇はパンツの裾を直すと、改めてユカと対峙した。
 ユカを待ち受けるキム皇の魔物達は、ボックススライムとドラゴンキッズ、ファーラットの三体。どれもユカは初めて見る魔物だった。しかし、それより、ユカにはどうしても気になる事があった。
「あの……」
「な、何だよっ」
「その、尻尾、本物ですか?」

 キムこうは こおっている!
「き、キム皇の尻尾はお前なんかにやらないぜーっ!」ミヤ王が慌てて飛び出した!
「そうだぜ! キム皇の尻尾はキム皇のアイデンティティなんだぜ! たわっ!」ゆう帝が慌てて飛び出した!
「あ、イヤそこまでじゃないんすけどね……」キムこうは うろえている。
「……で、本物なんでしょうか。自律運動してますし」
「本物……なわけないぜーっ!」
「そうですか……不思議ですね」顔を真っ赤にするキム皇を余所に、ユカは虎尻尾に触りたそうにキム皇の尻をじっと見ていた。ユカとしては飾りなのに自律運動しているその仕組みが知りたくてしょうがないだけだったのだが。
「だ、だめだぜ! お触り禁止だぜーっ!」
「お、俺の尻なら……☆」
 ゆう帝はミヤ王をどついた。「と、とにかくダメなもんはダメだぜ! ……れれ?」
「何が出るかな、何が出るかな ちゃらららっらっらららら〜♪ スラばな、スラばな〜♪」
「サイコロじゃないっちゅうねん!」
 ボックススライムを抱えるキム皇を、早速子供達が冷やかす。何とか試合放棄は免れたものの、青コーナーの浮ついた雰囲気は何となく締まらない。ユークァル本人は兎も角として、セコンドを含めた周りが楽勝ムードに包まれたのは言うまでもない。
「ユカ、あんなんなら楽勝だぜ。がんばれ!」
「ファイト!」
「はい」
 セコンドの子供達に押し出されて、ユークァルは舞台に躍り出た。

 試合が始まるや否や、ボックススライムが勢いよく敵陣から飛び出してえだまめに襲い掛かった。えだまめは槍を構えて飛び出してくるボックススライムの上に翳すと、ボックススライムは自ら槍へと突き刺さった。ばくちゃんがすかさずボックススライムに襲い掛かったので、ボックススライムはまともな反撃も出来ずに這々の体で自陣に逃げ帰った。
 スラリンは眩い光を放って、敵魔物を足止めにかかる。が、眩い光に目を瞑ったドラゴンキッズは、未だ牙も生え揃わない小さな顎を開き切って炎の帯を吐き出した。スラリン達は裂け切れずにまともに炎を受けてしまった。
「やったぜー! がんばれドラゴンキッズ、だぜー!」ゆう帝は拳を振り上げて喜んだ!
「ドラゴンキッズのちっちゃい顎、萌えるぜ!」ミヤ王は拳を振り上げて喜んだ!
「……え?」
「な、なんでもないぜっ!」
 スカラを唱えるボックススライムに、ビーンファイター・えだまめはバイキルトの呪文で対抗した。バイキルトでパワーアップしたばくちゃんは当社比二倍のスピードで転がりながらボックススライムに体当たりを噛ます。一方、スラリンは眩い光で噛み付いてきたドラゴンキッズの攻撃を躱したが、ボックススライムを弾き飛ばした勢いで転がる爆弾岩を、華麗なステップを踏み始めたファーラットはしかし身を翻して易々と躱した。
「スラリン、ギラ!」
 スラリンはギラの呪文を放った。スカラで強化されたボックススライムの、スライムにしては強固なボディも魔法の力には歯が立たなかった。バイキルトで強化された爆弾岩の攻撃を受け、ボックススライムは早々と舞台に沈む。とはいえ、ユカの魔物達はドラゴンキッズの炎をまともに受けて少しずつ傷付いていた。えだまめは槍を振り翳してドラゴンキッズに襲い掛かった。が、ファーラットの体当たりに弾き飛ばされてなかなかダメージを与えられない。肝腎のファーラットはファーラットで、その華麗なステップで攻撃を巧みに躱すので、爆弾岩との二人、否、二匹掛かりでようやっと二体を倒した時には、すっかり傷付いて疲れ切っていた。
「一回戦、ユカの勝利です!」
「みんな、頑張ったね」ユカは魔物達を撫ぜた。敵の油断と作戦の甘さ故に勝てたものの、こんな風にすんなり行くとは思えない。すんなり、と形容してはみたが、魔物達は充分に傷付いていた。それに、この闘いでユカチームの弱点が浮き彫りになったのも気になる点だった。其処を責められると、相手魔物の力によってはあっという間の負け、も有り得る。
 お見合いしておけば良かったかもしれない。
 今更そんな事を言っても時間は戻せない。今、出来る事を精一杯やるしかなかった。
 魔物達を回復する15分間の休憩時間を経て、第二回戦がアナウンスされた。ミヤ王が魔物達を連れて前に進み出る。ベビーサタン、マドハンド、くさったしたいがのそのそと、後に付いてくる。
「オレはキム皇の様に簡単にはやられないぜ! あたっ!」
「あたしだって負けません」
 試合開始の旗がさっと振られて、二人は引き下がった。
 くさったしたいが不気味な光をはなった。スラリンは平気だったが、ばくちゃんとえだまめはもろに光を受けてしまった上にベビーサタンの氷の息でかなりのダメージを受けていた。マドハンドはえだまめの攻撃を受け流したが、ばくちゃんの体当たりをもろに喰らって潰れてしまった。スラリンは眩い光を放とうとしたが、ユカに止められてギラの魔法を唱えた。くさったしたいは派手に燃え上がる。
「うわ、強烈に匂うぜ……」
 ミヤ王が鼻を摘んだ隙に、ユカは素速く魔物達に命令を下した。スラリンは続けざまにギラを放ち、えだまめがばくちゃんにバイキルトをかける。ばくちゃんはくさったしたいに体当たりをかまし、くさったしたいを吹き飛ばした。マドハンドが仲間を呼ぶ仕草を空しく続ける横で、ベビーサタンのメラミがスラリンを襲い、スラリンが炎に包まれる。
 くさったしたいが起き上がった。
「みんな、息を止めて!」
 しかしスラリンとえだまめは間に合わなかった。くさったしたいの口からは、おぞましい臭気と共に毒の息が漏れ出た。スラリンとえだまめは苦しそうに身悶えした。ミヤ王は鼻を摘みながら、マドハンドに仲間を呼ぶのを止めさせた。
 爆弾岩は背中からの一撃で、くさったしたいを文字通り肉片に帰した。ベビーサタンが再び冷気を吐き出し、毒で苦しむスラリン達を追い詰める。
「えだまめ、スラリンを守って!」
 マドハンドがスラリンに手を伸ばした。スラリンが眩い光を放ってマドハンドの手が空を切った隙に、バイキルトで強化されたえだまめの槍がマドハンドの手の甲を貫く。マドハンドは動かなくなり、泥の中に溶けて消えた。しかし、スラリンもまた毒で弱って形が崩れつつあった。頭のとんがりがふにゃりと、前に崩れている。
「ベビーサタン!」
「ばくちゃん!」
 爆弾岩よりベビーサタンの方が、一瞬早く動いた。が、メラミの魔法を唱えたベビーサタンの指から、火の玉が放たれる事は無かった。
「もう魔力切れかよ……! ひでぶだぜっ!」
 ベビーサタンはユカの魔物達によって袋叩きに合い、血の海に沈んだのだった。

 ユークァルはインターバルの最中、ぼんやりと考えに耽っていた。
 二度の勝利を経たとはいえ、ぬか喜びなど叶わぬ状況なのは明白だ。もしスラリンとえだまめが脱落していたら、ユカの勝機は無かった。毒が回り切る前に敵を倒せたから良かったものの、もしミヤ王がくさったしたいの腐臭に面食らわなかったら。ベビーサタンの魔力切れが無かったら。偶さかの積み重ね故の危うい勝利に、うかうかしてなどいられなかった。何とか保ってくれているから良いものの、次の闘いで、一体二体の玉砕は覚悟せねばなるまいし、そういう戦い方を魔物達に強いる必要さえあった。
 自分自身を犠牲とするのは慣れっこになっていたユークァルだったが、仲間に其れを強いた事はまだ、一度も無い。
 もしそうなったら、彼等は言う事を聞いてくれるだろうか。
 その後、彼等と自分の信頼は崩れてしまうのではなかろうか。
 仲間達が傷を治して貰うのを横目に、ユカは嘗て無く不安に苛まれた。無意味だと解っていながら、止められなかった。

(みんなが見たっていう魔物はあのダークアイだわ……)
 ゆう帝の魔物を見て、ユークァルは苦戦を直感した。子供達の言っていた目玉の魔物がひとつめピエロやメーダならユークァルはそんなに悩まなかっただろうが、敵は魔法攻撃に強く攻撃力の高いダークアイ。特技の弱いユークァル達のチームにとってはかなり厄介な相手になる筈だった。
 他の魔物はアントベアとおおみみず。致命傷を受けるような攻撃は無いが、おおみみずは兎も角アントベアはそれなりの攻撃力を誇るから、放って置いていいという魔物でも、無い。
 ダークアイを如何に弱体化させつつ周りをさっさと倒していくか、ユークァルは思案していた。
 ゆう帝は悠然と腕を組み、そんなユークァルを見透かす様に、自信たっぷりに進み出た。
 とにかく、闘う。
 動き出したら、全てが見えて来るから。
 目の前で振られた旗に、迷いは消えた。

 とはいえ、ユカの魔物達の苦戦は端から解っていた。
 ばくちゃんもえだまめもダークアイを集中的に攻撃しているが、ダークアイの眩しい光によって折角のバイキルトによる強化も活かせない。そして、ユカが一番危惧していたスラリンへの集中攻撃。回復魔法の無い現状では、スラリンに防御をさせるしかなかった。
 スラリンへの攻撃が、止んだ。
 ダークアイの体の一部がぱっくりと開いて、黄緑の気体が辺りに噴き出した!
「みんな、離れて!」
 ダークアイに攻撃を仕掛けていたえだまめの体が、強張って動かなくなった。えだまめはおおみみずに囓り付かれて、床に薙ぎ倒された。
 再び、スラリンに襲い掛かるアントベアの長い爪。
「あーっ!」
「スラリンッ!」
 客席から悲鳴が上がった。
「メ、メ、メ、メガンテッ!」
     ▼
 ばくだんいわは メガンテのじゅもんをとなえた!
 ばくだんいわは くだけちった!
 砕け散った破片が、ユークァルの頬を裂いた。スラリンを引き裂くすんでの所で砕け散ったアントベアの、えだまめに巻き付いて締め上げるおおみみずの、肉片。ダークアイは死にこそしなかったが少なからずダメージを受け、不意を打たれている間に脇からスラリンの噛み付きを受けて倒れ込んだ。
 ばくちゃん、禁呪、使っちゃったんだ。
 自らの命を犠牲にして、全てを滅ぼす禁断の秘術。
 あたしのために。
 どうして?
 何故?
 勝利を告げる司会の声も、ミヤ王やキム皇の悲鳴も、人々の歓声も遠く、ユークァルは茫然と立ち尽くしていた。

「おい、どこ行くんだ」
 麻痺の解けたえだまめと、弱ったスラリンを連れて舞台を降りようとしていたユークァルを、ゆう帝が引き留めた。
「えっ……」
「死んだとはいえ、仲間だぜ。踏んでも平気なのかよ」
 ユークァルは、ばくちゃんの欠片を踏んでいた。
 ゆう帝は、無言で、禁呪に依って砕かれ、蘇生も叶わぬ仲間の遺骸を拾い集めていた。ユカはゆう帝達を見守っていたが、彼等が去っていったのを見届けて、爆弾岩の欠片を拾って、握り締めた。


 …………………………。
 この事があってから、あたしがどんなにみんなと同じように振る舞っても、どこか人とは違っているんだと思いました。命はみんな同じ、平等に生まれて、死ぬのに。ほんのちょっとの違いなのに、すごく大きな事なんです。どうしてなんでしょう。あたしには、未だ、解らないことがいっぱいありすぎるみたいです。

 日記を読み終え、義父は蒼白い手に羽根ペンを取ってインク壺を暫く掻き混ぜていたが、徐ろにペンを走らせ始めた。

 父より。
 人は皆同じで、違うものです。
 貴女は人とは違う経験をし、人のした経験を積んでいない。それだけの事です。
 だから、貴女には人には解らない事が解るし、人には出来ない事が出来る。
 貴女は今日、大切な仲間を失いました。でも、そのお陰で一つ、大切な物を得られたのではありませんか。
 明日、一緒にばくちゃんのお墓を作りましょう。場所は二人が出会った、魔物牧場の木の根本なんか良いかも知れませんね。そろそろ曼珠沙華の花が真っ赤に咲いて綺麗な頃です。ばくちゃんもきっと、喜んでくれると思います。

 ペンをインク壺に戻し、ハーゴンは娘の心の傷を思うて深い溜息を吐いた。


DQi目次へバシルーラ!