Dragon Quest m-i 〜ユカのワンダーランドと愉快な下僕共

〜第一章 Gクラス 沈黙の薔薇、 初舞台 デヴュ


 ちょっとだけ芽が生えたビーンファイターの鉢をプリオに預けようと、爆弾岩を連れてタイジュに戻ったユークァルを最初に待ち受けていたのは、プリオの「とんでもねえことになっただよ!」という第一声であった。何事かと鉢を手に街の掲示板を見に行くと、成る程、貼り紙には世界中の強豪マスターを集め、試験官として採用するとある。偉い事になっただ、と騒ぐプリオを余所に、ユカは瞳を輝かせた。
「さすがですね、甘やかさないってこういう事だったんだ……がぜんやる気が出てきました!」
「え、ええっ。ユカ様、本気だか」事情を知らないプリオは慌てた。「普通マスター試験は、魔物も三体とも全部規定の魔物を用意する事が決まっとりまして、事前に対策が立てられるようになっとりますだ。赤本だって出とりますのに。この内容だと、試験官はどんな魔物を出してきてもいいみたいですだ」
「うーん……。でも、実際の試合では、相手がどんな魔物を出してくるかはその時まで解らないですよね? 昨年はたまたま解っちゃいましたけど、みんな当日まで隠していましたし。試験内容が解ってる中で対策を立てて勝ち抜いても、いざという時対応できないかもしれません。相手の戦力を探る事自体も一つの戦略ですよね」
 プリオはぽかんと口を開けて、ユカの話を聞いていた。聞き終わっても暫く口を開けていたので、口の中に砂が入ってしまったのかプリオは頻りに辺りに唾を吐き散らした。てかてかの袖で口を拭い、プリオは改めて、感心のため息を一つ吐いた。
「は〜ぁ。ユカ様は素晴らしく頭がいいですだなぁ。しかも根性が座っていなっさる。いやいや、ええマスターになれますだ。このプリオが保証しますだよ。兎に角、王様に会いに参りましょうや」

 芽を出したビーンファイターの鉢を抱え、ユカとプリオは王様へと拝謁を申し出た。もちろん二つ返事で即謁見の間へと通され、王様はにこやかに、魔物を揃えたユカの雄姿をここぞとばかりに褒め称えた。勿論、背後ではぴょんぴょん道化達が飛び跳ねている。
「詳しい説明はIMC本部でモンスターマスター手帳を貰って良く読むが良いぞ。それから……魔物の詳しい扱い方は、わたぼうに聞くが良かろう」
「そういえば」ユカは周りを見渡した。「タイジュに来てからわたぼうに会ってないですね」
「おかしいだなぁ。数日前までいただよ」
 タイジュ王とプリオは顔を見合わせた。
「わたぼうめ、また逃げたのではあるまいな……まあ良い、わたぼうがダメでも先輩マスター達に色々話を聞けば、皆親切に教えてくれるに違いないぞよ。何はともあれ、ユカが魔物を揃えてくれてわしとしても実に頼もしいわい! これでタイジュの優勝は確定じゃな!」
「そんなワケあるかい!」
 王ががははと笑って道化達が飛び上がる前に、胴間声が素速くツッコミをいれた。どたどたと態とらしく自らの存在を誇示すべく足音を鳴らしてやって来た団体様御一行の中には、ユカにも見覚えのある懐かしい姿がちらほらと垣間見えた。
「よ、ユカ! 久し振り」
「テリー、それにデュラン! 元気でした?」
「おお、ユカ殿も息災で何より」
 一年ぶりの邂逅に、三人は手を取り互いの再開を喜んだ。テリーはちょっとだけまた背が伸びた様だし、デュランも更なる修行の結果レベルアップした肉体を誇示している。流石に新しい魔物は連れてきていないが、ピンクのわたぼうめいた毛玉の生き物二匹が後ろに控えている処からするに、これがマルタ国の世界樹の精霊に違いなかった。だが風貌にわたぼうの様な溢れる愛嬌は微塵もなく、挙動不審な処だけが何となく似ていると言えようか。
 妙に和気藹々と横で話し始めるテリー達の間に、王お付きの親衛隊が割って入った。
「コラ! 貴様等、国王の御前であるぞ! 敵国マスターと馴れ馴れしく話すでない! 大体、タイジュ国はマルタ国国王がこの糞暑い中わざわざ拝謁を賜りに来て遣ったというのに、茶も出さぬのか茶も」
「別にこんでええのに……しかも、偉そうだし……ぶちぶち……」
 ぼそっと呟いたタイジュ王の囁きを聞いてか聞かずか、マルタ国国王は割腹の良い腹をさすりさすりタイジュ国代表マスターをちらと見下した。
「フン、去年は特例を認めたが為にな、フンッ、仕方なかったが、今年はS級ライセンスを持っていないマスターは断じて認めんからな! フン! 何だ、ちょっと可愛いからって、モンスターマスターは売れないB級アイドルには勤まらんのだわい。わっはっはっはっ!」
「わっはっはでわる!」
「わらうわる!」
 大柄な王は腹をぽんぽん叩いた。ユカも真似して腹を叩いて、笑い方を真似した。タイジュ王とテリーは腐った肉を食べたような顔をした。わるぼう2匹は笑うのを止めてお互い顔を見合わせ、道化達はそれやりすぎ、と飛び上がり、親衛隊はリアクションに困って、自分のお腹をさすった。
「一々嫌味を言いに来たのかこのヒマ人め。隣国の王にわざわざ心配して貰わんでも、ユカはこれからスパルタでびしびし鍛えて、S級ライセンスを取る予定になっておる!」
 王の声に被せる更なる嘲り笑いが、大樹を刳り抜いた謁見室に響き渡った。ユカとテリーとデュランは耳を塞いだ。
「ああ、見たぞよ! タイジュ国は勝ち抜きで代表を選ぶというアレじゃな。フン! スパルタも良いがの、厳しくやりすぎてカスなモンスターマスターにやられぬようにな! これで大会にも出られなかったら、次はヌードになるしかないのう!」
「脱ぐでわる〜!」
「わるわる〜……わぎゃっ! ホントに脱いでるわるっ!!!」
「ばっ、ばか! パンツ丸見えだろっ! 一々王様の嫌味なんて聞かなくていいんだってばっ!」
 ユカはもぞもぞとワンピースを手繰って脱ぎ始めた。真っ白のパンツと日焼けしていないお腹が丸見えだ。テリーがユカの手を引っ張り降ろして止めさせたので、ユカは「あ、嫌味だったんですか」と服の皺を整え直した。
「と、兎に角、今度は負けないぜ! デュラン師匠共々対決を待ってるんだからな」
「そうみたいですね」
「おう」テリーは胸を張った。「師匠ときたら竜王と再び戦える日が来るってんで大喜びだぜ。あれから日々のメニューが全部二倍になったもんで、正直きつかったぜ……あれれ、ユカその魔物なんだよ」
 ユカはテリーの前に鉢を差し出した。「うん、ビーンファイター。お父さんがくれたの。もうちょっと水を遣ったら、明日か明後日ぐらいには」
「え……まさか……それ?」
 又ぞろマルタ王がけたたましい嘲笑でテリーの問いを遮ったので、今度は全員が耳を塞がねばならなかった。
「ぶあっはっはっはっは! フン、こんなチンケな魔物で星降りの夜を戦おうとは片腹痛いわい! これではS級どころかE級ライセンスを取るのもムリじゃな! フンッ、何時になったらライセンスを取れるものやら! グラビアアイドルどころかシワシワのおばあちゃんになってしまうぞ。わひゃっひゃっひゃっ!」
「シワシワたれパイのおばあちゃんだわる! わひゃっひゃっひゃっひゃっ」
 わるぼうAは つられて ゲラゲラわらっている!
「そうだわる! わひゃっひゃっひゃっひゃっ」
 わるぼうBは つられて ゲラゲラわらっている!
「それ、笑いすぎ」道化達は飛び上がった。
「おい、ユカ」テリーは気の毒そうにユカの魔物を見た。「そんなんじゃ、幾ら何でも大会までに間にあわねーだろ。何だったら今からでもお見合いしてやってもいいぜ」
「お見合い?」
「おいおいそんな事も知らないのかよ。ホント大丈夫かな……」テリーは短い髪をかしかし掻いた。
「ムリムリ。テリーも教えてやる必要ないわる」
「敵に塩を送る必要ないわる」
「わるわるるせえよわるぼう。どうせIMCで全部説明受けるんだし、今説明して遣ってもいーだろが」テリーはわるぼうを足で押しやった。わるぼうはテリーを未練がましく睨め付けたが、今度はデュランに足で踏まれてきゅうと鳴いた。
「配合ってのはさ、魔物と魔物をお見合いさせてカップルを作るんだ。魔物同士でも相性があるから必ずしも巧く行く訳じゃないんだけどさ、巧く行くと魔物は結婚して、卵を産む。其れが配合。卵は両親の能力を受け継いでるから、純血の魔物より強くなるんだぜ。マスターは自分の魔物を強化する為に、色んな魔物と自分の魔物を配合させるんだ。他のマスターと協力して配合する事もあるぜ」
「ふうん……」
 ユカは少し考えた。確かに、今お見合いをすればGクラスを突破するのは格段に有利だろう。だけれども、それでは状況に甘えて、己を鍛える事を疎かにしてしまわないだろうか? テリーは一流マスターに違いないし、インチキする様な性格ではないから、お見合いで損をする事は無いだろう。
 けれども、今お見合いをしたら、楽をする事にならないだろうか?
 基礎を一から学ぶ様楽をせぬ様言い渡されていた一言が、ユカの頭の片隅に残ってなかなか離れようとはしなかった。
 ユカは考えに考え抜いて「ごめんなさい」と頭を下げた。
「そ、そうか……また、気が変わったら言えよな」
「うん、もっと、魔物を使う事に慣れたら、お願いしてもいいですか?」
 退出するマルタ王の怒鳴り声とわるぼうずの嫌味には耳を貸さず、テリーは「勿論さ!」と親指を立てた。

 2日後。
 ビーンファイターが目出度く誕生し、魔物が3匹漸く揃ったので、ユカは早速魔物使いの訓練を開始した。訓練はプリオの牧場を使う事にした。あばれうしどりが帰って来ない所為もあって、ユカ達は広々とした牧場を思う存分使って良かった。
「うーんと……まずは、名前を付けますね。スライムはスラリンだってプリオが言ってたから……爆弾岩はばくちゃんでいいよね。ビーンファイターはちょっと長すぎるから……」
 牧場の片隅には山桃の木が生えていた。高さ4m弱の山桃から秘かに伺う視線に、ユカとしては珍しく、まるで気付いていなかった。
「ハーゴン!」
 一瞬だけ山桃の枝が大きく撓んだが、葉音は風に紛れた。
「エヘヘ。お父さんの名前はダメだよね。紛らわしいもん。うーん……えだまめにしよう。あなたの名前は、えだまめ」
 また大きく枝が撓んだ。折れた小枝が落ちたが、ユカはそんな事には構っていなかった。
「じゃ、訓練を始めます。最初は全員で、回れ右!」
 スラリンは右に半回転したがえだまめは左を向き、ばくちゃんはじっと動かない。
「……回れ、右!」ユカはえだまめの鞘を摘んで、右に回した。爆弾岩はワンテンポ遅れて、右に半回転した。
 右はお箸を持つ方だからね、とユカは魔物達に教えた。いや、魔物はお箸使わないから、と、木陰に隠れる視線の主は呟いた。
「えっと、次は個別に違う命令をします。良く聞いててね。スラリンは左向け左、えだまめは回れ右!」
 スラリンは、今度は回れ右をした。ばくちゃんは右向け右をし、えだまめは動かなかった。
 ユカは少し考えて、おもむろにスラリンを掴み上げた。
「スラリンは左向け左だったよね? 最初にちゃんと、右に回れたよね? 左はね、こっち側だよ」
 ユークァルは スラリンの左目に指をつっこんだ!

 スラリンは すっかり おびえている!
「ちゃんとできないと、抉っちゃいますよ?」
「ぶほっ」
 木の枝が激しく揺れた。ユカは気付いていたけれども、構ってなどいられなかった。ユカはスラリンの目から指を抜いて、「これで、左は憶えられましたよね」とにこやかにスラリンを抱き下ろした。スラリンの歪んだ左目に、他の魔物達も心なしか怯えていた。
「じゃあ、つぎは……ばくちゃんとえだまめは前に一歩、スラリンは後ろに一歩下がる! ハイ!」
 ユカが手を打ち鳴らすのを合図に、ばくちゃんとスラリンは命令通りに動いた。が、えだまめは後ろに下がってしまった。もう一度、今度は逆の命令を下したが、えだまめだけが言う事を聞かない。態と反対にやっているのに気付いて、ユークァルはえだまめを摘み上げた。ユークァルはえだまめを膝に乗せると筋目に沿って指を這わせ、軽く爪を立て乍ら囁いた。
「……開きますよ?」
 賑々しい木の葉のざわめき、枝が折れ、そして地面を転がる鈍い音。転がる毛玉がユークァルの楽しい拷問タイムに終わりを告げた。ユカはえだまめをほうり捨てると、毛玉の正体を見に立ち上がった。
「さっきから何やってるんですか?」
「ヒッ!」
 毛玉は物凄い勢いで1m程飛び上がった。転がる毛玉、謎の視線の正体は、大樹の精霊わたぼうだった。
 わたぼうはユカに摘み上げられ、無表情な視線に舐られて怯え切っていた。ユカは不思議そうにわたぼうを観察していたが、わたぼうが怯える理由に思い当たるところがあるのをはたと思い出した。
「……何にもしないよ?」
 わたぼうはちょっとだけ、口元を引きつらせた。
「ユ、ユカ相手だと調子が狂うわた……アハハ……」
 わたぼうはユカの手から解放されて、イソイソと体に付いた砂埃を払った。「し、しかし、実に前衛的な訓練方法だわた。キンタガートンコップもびっくりわた」
「そうなんですか?」
 わたぼうは引きつった苦笑いを浮かべた。
「普通、マスターはスライムの目を抉ろうとしたりビーンファイターのお腹を裂こうとはしないわた……」
「ふぅん……」ユカは少しだけ首を傾げた。「じゃあ、普通はどうするんですか? あたし、普通とちょっと違うみたいですから」
「そ、そうわたか……普通、ま、そりゃ普通じゃないわたね……」
 魔王級の魔物を二体も連れて歩く娘が普通の神経な訳はないな、とわたぼうは溜息を漏らした。

 わたぼうはユカに魔物の手懐け方を教えた。魔物を巧く手懐けるには、魔物の信頼感を得る事が何よりも重要である。可愛がるのは勿論大事だが、甘やかしては自立心がなくなり、いざという時にマスターの命令なくして何も出来ない甘ったれになってしまう。さりとて自主性に任せすぎては命令を聞かなくなる。信頼を得るには一貫した態度が重要で、言ってる事と遣っている事が違ったり、嘘ばかり吐いていたり、とんちんかんな命令ばかり下しているとやがては舐められてしまう。或る程度は魔物の裁量に任せつつ、手綱を締めるのがポイントだわた、とわたぼうは締め括った。
 可愛がるってどうするんですか? と聞くユークァルに、わたぼうは骨付き肉を取り出して見せた。
「ジャジャーン。魔物は肉が大好きだわた、可愛がったり撫で回すのもいいわたけど、たまにはゴホウビにお肉を上げるといいわた。魔物によってはタマネギを食べると毒に当たったりする事もあるわた、お肉が一番無難わたね」
「ふーん……食べられないものもあるんですね。じゃあ、早速お肉買いにいきます」
「魔物のお肉専門店もあるわた、一緒に付き合うわた」わたぼうは骨付き肉をしゃぶりながら、ユカの後に付いていった。
 ユカはわたぼうwith魔物達を引き連れてバザーの賑わいの中を歩いた。ユカはもはやタイジュ国では名を知らぬ者の無い有名人であったから、あちこちで道行く人達から応援の声を掛けられたり、行商人からは瓜を貰ったりした。広間ではスライムを触ろうとする子供達に囲まれて、暫くは身動き取れなくなる程の人気ぶりだった。途中でビーンファイターが犬に銜えられたり、爆弾岩が迷子になりかけたりもしたが、無事に一行は魔物肉屋に辿り着く事が出来た。ユカは骨付き肉をフンパツして魔物達に一つ一つ買い与えた。
「もうユカはIMC本部に寄ったわたか?」わたぼうは骨付き肉の軟骨をしつこくしゃぶっていたので、ユカからもう一個骨付き肉を買って貰っていた。
「あっ」
「忘れてたわたか」
 ユカは頷いた。プリオからもモンスターマスターとしての登録を済ませて手帳を貰うよう言われていたのに、ビーンファイターが大きくなったのに夢中ですっかり失念していたのだ。
「ちょうど良かったわた。IMC本部はこの近くわた」
 IMC本部は市場の直ぐ近く、コロシアムに隣接していた。大樹を刳り抜いた立派な建物で、口憚らぬが許されるならば、タイジュの王宮よりも立派で大きかった。多くの魔物使い達がロビーで魔物談義に花を咲かせていたが、ユカが現われるや、全ての魔物使いの話題と視線は瞬く間に彼女に奪い去られてしまった。それほど彼女の存在も特例の発布も、魔物使い達の間ではちょっとした事件だった。魔物使い達の多くはユカをライバルと見なしていたから、直ぐに声を掛けては来なかったけれども、ユカは彼等の視線を熱い程に感じて、沸き上がる闘志を胸に拳を握り込んだ。
 IMC本部では年頃の女性がユカに応対した。ユカはマスター手帳を渡され、コーヒーとビスケットで持て成されながらモンスターマスターに付いての説明を事細かに受けた。大体は手帳の内容をなぞっていたが、皆様にも概要をお知らせせねば不公平と言うもの。此処では魔物使いの規則をすっかり開陳し、今後の助けとする事にしよう。
■モンスターマスター(魔物使い)とは…………………
■モンスターマスターの歴史………………………………
■モンスターマスターの闘いのルール、基本
1.一人のマスターが3匹までの魔物を使い、全ての魔物をまひ等も含めた戦闘不能状態にすると勝利となる。
2.モンスターマスターが戦闘中に許されている行為は魔物に命令を下す事唯一点のみであり、如何なる手段を用いても戦闘に参加してはならない。同じく、モンスターマスターの命令、故意偶然にかかわらず、魔物がモンスターマスターを攻撃することは禁ずる。禁止事項を破った時点で、マスターは失格となり、対戦マスターが勝利となる。
■IMC公式大会ルール
1.公式大会における闘いでは、事前のマスター及び使用モンスターの登録及び計量、検査を要する。
 登録時に必要な情報は以下とする。
 マスター名(4文字まで。規定により、ちいさい「あいうえお」は使えない)
 マスターの公式クラス。(特例及びGクラス認定試験時を除き、IMCのクラス未認定のマスターは、公式大会には出場できない)
 種族名
 魔物の名前(4文字まで。規定により、ちいさい「あいうえお」は使えない)
 身長・体重etc...
2.以下の行為は一切認められない。
 薬物等による魔物の不当な強化
 全く別の個体を、不当に偽ってすり替え、戦わせる行為
 透明化した魔物、合体した魔物など、4体以上の魔物の参戦。
 登録マスター以外の第三者が、登録マスター本人と偽って参戦する行為。
3.試合直前に、出場予定の魔物が諸事情により出場できなくなった場合、モンスターマスターは代わりの魔物を2体まで変更して良い。ただし、代理の魔物は同じく公式大会のルール及びクラスを遵守する。
4.全てのマスターおよびモンスターは、戦闘準備時点で完全に体力・魔力を回復させられた健康な状態で戦闘に望む。
■認定マスターのクラス分けについて
 IMCではモンスターマスターの実力を計る指標として、G〜S迄の各クラスを試験にて公式資格として認定する。
 星降りの夜の大会を始めとする特別な大会の本大会に出場資格のあるマスターは、Sクラスを取得していなければならない。
 クラス認定試験を受ける資格は、8歳以上の男女とする。ただし、12才までのマスターが試験を受けるには、Cクラス以上マスターの推薦状が必要となる。
 Gクラスマスター試験に合格した者は、3日間の研修に参加する義務がある。研修ではモンスターマスターとしての心得、社会的責務、各クラス毎の特典と義務、禁止事項、お見合いと配合の説明等が行われる。
 魔物使いとして不適格とみなされる意図的・悪質な違反行為が明らかになった場合、IMCはマスターのクラス認定を期限付き若しくは無期限停止、または剥奪する事が出来る。クラス認定を停止、または剥奪されたマスターは、IMC主催の如何なる大会にも出場を認められず、認定マスターの特典を一切受ける事はこれを許されない。
■売買目的の繁殖の制限について
■魔物の虐待・投棄、密猟の禁止について
■星降りの夜の大会の歴史と由来について
etc..................
「ユカさんは短時間で試験を受けられるんですよね」IMC事務員はユカにぴかぴかの真新しいマスター手帳を渡した。「通常の試験でもかなり厳しいですから、ユカさんは大変ですね」
「過去の最速昇格期間はどれくらいなんですか?」ユカはミルクをたっぷり入れたカフェオレを啜った。「ん、おいしい」
「最速記録は2ヶ月じゃなかったかしら。過去に7,8人のマスターが達成していますから、ユカさんならいけますよ。クラス未認定マスターで大会優勝したんでしょう?」
「あ、あれは偶然わた……ニギャッ」わたぼうはばくちゃんに耳を噛まれて妙な叫び声をあげた。
「もう魔物を手懐けてらっしゃるんですね。魔物は生き物ですから、大切に扱ってくださいね。ポイ捨てはダメですよ」
「はい」ユカは元気よく答えた。

 ユカは マスターてちょうを てにいれた!

 マスター手帳を手に入れて再びIMCのロビーへ戻る。ちょっとしたお使いをやり遂げた安心感のお陰で、今ではユカにも、他のマスター達の魔物を観察したり周りの様子を眺める余裕があった。
 床を良く磨き抜かれた小綺麗なロビーでは、魔物使い達がコーヒーやサンドイッチ、その他のソフトドリンクを飲みながら魔物談義に花を咲かせる一方で、マスター達を余所に魔物達がまったりと時を過ごしている。そうかと思うと他のマスターと模擬試合をやるマスターあり、子供達に自分の魔物と遊ばせているマスターあり、マスター同士がお見合いの相談をしている横でお互いを見聞しあう魔物達ありで、ちょっとした公園の様に賑々しい。未だ日が高い所為もあるのだろう、真夏の日差しを避けて中でトレーニングに励む魔物達もいる。見るからに暑さが苦手そうな氷河魔神がばてているのを、ぺたぺたマドハンドが触って涼を取っている。
 涼しそうだなぁ。あたしも触ってみたいなぁ、とユカが氷河魔神に近付くと、目の前にマスター手帳が差し出された。
「あ、あ、あのー……」
「え?」
「ささ、さささ、さささささ」
「おいおい、サイン下さい、位言えねーのかよ! しっかりしろよ、テト!」
「テート、テート、へったれっのテート!」
 ユカに手帳を差し出した男は、見る間に子供達に囲まれていた。テトはバシバシ叩かれて手帳を引っ込めようとしたが、ユカは素速く手帳を奪い取った。奪い取ったが、どうしたらいい物か見当も付かなかった。ユカはページを捲って、男に
「サインって何ですか?」
と聞いたので、子供達は益々囃し立てた。
「サインってなんですか? だってさ!」
「名前を書けばいいんだよ! ユカってね!」
「ユカマスターは凄いけどちょっとヘンだってウワサ、ホントなんだね!」
「ユカのゆは、温泉のゆ、って書くんだぜ!」
「わはは、それ違うってば!」
 ユカは手帳を適当に開いて、辿々しい字で、ユークァル=ムォノーと書いて、テトに渡した。「はい。これでいいですか?」
「あ、は、はいっ! あああ有難うご、ご、御座いますッ!」
 テトは汗を拭き拭きユカに頭を下げた。顔を真っ赤にしてこんなに汗を掻いたら、3m先の氷河魔神だって溶けてしまいそうだ。
「いいですよ」
「わーい、へったれ、へったれ、へったれのテートっ!」
「テトってばさ、去年デビューしたばっかのサンチにまで先越されてるんだぜ!」
「3年以上もGクラスマスターから上がれないんだもんな!」
 子供達に囃されて、テトは益々顔を赤くした。
「静かにして下さい」
 子供達はユカの顔を見た。見て、わっと辺りに散っていった。
 子供達がいなくなってから、ユカは氷河魔神がいなくなって空いたベンチに座った。ベンチは未だひんやりしていた。
「ここ、どうぞ」
 テトは、はあ、すいません、などと呟きながら、どっかり腰を下ろした。ユカは、貰った瓜を黒曜石のナイフで半分に割って、テトに差し出した。無論もう毒は塗られていない。
「これ、どうぞ。……Fクラスってそんなに大変なんですか?」
「あ、あの、はい。あ、いえいえ」テトは要領を得ない答えを返して、瓜にかぶりついた。ユカも瓜にかぶりついた。温い瓜は、まだ熟していなかった。
「あ、あの、試験の、内容は難しくないんですけども、事前に赤本でだいたの内容は解ってますし…………で、で、でも、どうしても、緊張しちゃうんです」
「どうして?」ユカの硝子玉の様な目は、本人も知らずして見る物にプレッシャーを与えてしまう。テトも例外なく萎縮して、ユカと極力顔を合わせないように俯いてしまった。
「そ、その……あがり症なので……」
 暫く黙って瓜をしゃぶっていたユカがふと、食べ終えた皮をスラリンに押し付けながら呟いた。
「……なんで、あがっちゃうんでしょうね」
「なんで、でしょうか」
「あたしは緊張した事が無いからわかんないんですけど、何か理由があると思うんです」ユカは濡れた指をしゃぶった。「何ででしょう。変ですね」
「そうですね……考えた事がなかったです」テトは呟いて、瓜の皮を捨てた。「失敗したらいやだな、って色々考えちゃうから、ですかねえ……」
 テトが顔を上げると、ユークァルの顔と鉢合ってしまった。今度は、テトはユカから目を逸らせなかった。
「考えちゃうんですか……」
 どうしたら、テトはあれこれ考えるのを止められるんだろう。ユークァルは考えた。
 あたしみたいになればいい、と言えないのは解っていた。なってはいけないとも思った。それに、テトの気持ちはユカには解らない。
 それでも、何か出来ないだろうか。
「あの……」
「な、な……」テトは唾を飲み込んだ。
「一緒に、練習しませんか?」
 テトは目を剥いた。「え、えええっ、ええええええええっ、いいんですかユカさん?!」
 あんまり素っ頓狂な声を張り上げたので、周りのマスター達が一斉にテトを見た。テトは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「だめですか……」
「ぜ、ぜ、全然、ダメじゃないです! 是非お願いします! 僕へたれマスターで全然、役に立たないと思いますけど……」
 テトは言い終えてから、急いで周りを見回した。今度は、誰も見ていなかった。
「そんな事無いと思います」ユカはきっぱり言った。「だってあたしは未だGクラスマスター認定試験に受かってませんし、テトさんは試験に受かってるんでしょう?」
「じ、Gクラスマスター試験なんてそんなたいしたもんじゃないですよっ。ホント。ホントッ」
「Gクラスマスター試験には受かったんでしょう。なら、きっとFクラスも同じじゃないでしょうか」ユークァルは慌てるテトの手を取った。「魔物連れて来て下さい。一緒にプリオの牧場に行きましょう」

「スラリン、防御しちゃだめでしょ! えだまめは攻撃だってば」
「おわーっ! ピッキーがやられたっ! ど、どどどど、どうしよう」
 二人のぎこちない模擬戦闘は、当人達が想像していた以上に割れ鍋に綴じ蓋の趣があった。なかなか命令を聞かないでとんちんかんな行動をするユカの魔物と、レベルはあるけれども作戦が不味く、適切な行動が出来ないテトの魔物。昨年の星降る夜の大会を知る者には、二人の闘いは児戯にも等しく映ったであろう。
 魔物達もへばってきたので、二人は牧場の木陰で休憩する事にした。
「どうしたら、言う事を聞いてくれるんだろ……もっとお肉買っておけば良かったかも……」
「その、あの……」
「何でしょう」
「ユカさんの命令は鋭いなと思うんですけど、も、もう少し、魔物の性格にあった命令を下すと、いいのかも……」
「魔物の性格?」
「は、はいっ!」テトはユカにじっと見られて、何時も以上にどもってしまった。あがり症のテトに、ユカの視線に慣れろというのは酷な仕打ちの様であった。ユカには人の目を見て話す癖があったが、周りがユークァル如きでは物怖じしない連中ばかりだったので、本人もテトの緊張の原因が自分にあるとは気付いていない。
「あの、臆病な魔物に、果敢に突っ込む様に命令しても、なかなか聞いてくれないんじゃないかなと……」
「うーん、でも、思ったように動いてくれないと……」言いかけて、ユカはふと口を噤んだ。
 今までが恵まれすぎていたんだ。
 この小さな、愛らしくも非力な魔物達に、始めから多くを望みすぎていたのかもしれない。
 一から経験を積まないと解らない事とはこういう事だったのだ、と思い至り、ユークァルは反論を押し込んで、素直に耳を傾ける事にした。
「この子達の性格、どう、思います?」
「えっと……僕もよくは解らないんですけど……えだまめは間違いなく、ひねくれものだと思います」
 ユカは目を丸くして、それからぷっと吹いた。「そうですね! 言われてみたら、納得できます」
 二人は笑った。
 プリオがやって来て、二人に麦茶を淹れてくれた。温かったが、炎天下の中汗を流した二人にはこれ以上ない御馳走だった。
「ユカ様、早速お友達が出来ましただか。ええ事ですだ」
「はい。そういえば、プリオはあばれうしどりを捕まえられたの?」
「……まだですだ……」プリオは苦笑いを浮かべた。「王様には、ナイショにしてくだせぇ」
「早く見付かるといいですね。御馳走様」ユカはグラスを返した。「ところで、テトは攻めのタイミングが遅すぎるんじゃないでしょうか。守りに拘って、結局崩されてしまってます。ここぞという時にもっと攻めないと」
「えっ」
「あれ、気付いてなかったんですか。いっつも、ここで攻められたら困るなっていうところで攻めてこないから……」
 テトは零した麦茶を拭くのも忘れて、ユカをまじまじと見つめた。
「言われるまで、全然気付きませんでした……でも、確かに、守るのに一生懸命なのと、攻めて失敗したら嫌だなと思って、なかなか攻められなかったのは確かです」
「思い切って攻める練習をしてみましょ」テトがグラスを空けるのを見計らって、ユカは立ち上がった。「練習だから、失敗しても平気ですよ」

 二人が練習を始めて1週間が経った。
「ちょ、ちょっとだけ自信が出てきました」
 テトは日焼けした顔をタオルで拭った。ユークァルはタオルで顔を仰いでいる。
 二人は毎日、昼間の日が高い数時間を除いて毎日、朝から夕方まで模擬試合とトレーニングに費やしていた。ユークァルの魔物達は個々の性格を把握したマスターの適切な命令によって随分戦い慣れしてきたようだし、テトの魔物もユークァルとの模擬試合で経験を積んで、リラックスして戦えるようになっていた。察するに、テトの緊張振りが魔物達に伝わって、実力を発揮出来なかったのもテトが万年Gクラスに甘んじていた一因であるらしい。
「よかったです。あたしも魔物達が言う事を聞いてくれるようになりましたし」
「ボクなんかが、お役に立てて良かったです」テトはバケツにポンプの水をくんで、魔物達に水を飲ませてやっていた。「ユカさんは日焼けしないんですね」
「あたしすぐ赤くなっちゃうみたいです」ユカはポンプの水をくみながら飲もうと苦心していたが、ポンプの取っ手をビーンファイターが掴んだので、水を飲むのに専念した。えだまめは今ではもう、すっかりユカに懐いている。
「こ、この調子なら、Gクラスマスター試験も楽勝ですね、きっと」
 ユカはスライムと爆弾岩に水を飲ませながら有難うございます、と一礼して、ふと顔を上げた。黄昏の光を一杯に溜め込んだ眼は、太陽の涙の様に眩いていた。
「今回のGクラス試験、テトさんも応募してみたらどうでしょう」
 太陽の涙を宿した少女は、テトの目に彼岸の存在と見紛う輝きに映った。天使精霊の類と言うよりは、霊感を与える代わりに魂を奪う魔物のそれに、似ていた。
「ぼ、ぼ、ぼ、ボクなんか無理です! ムリムリ!」テトは今見た幻想を打ち消そうと必死に手を降った。
「どうして無理なんですか?」
「だ、だってだって……今までも試験受からなかったし……」
「じゃあ、あたしもダメですね……」
 テトは我に返った。
「そ、そんな事無いです! ユカさんは絶対才能ありますって! 作戦を立てるセンスもありますし、それに上達だって早いじゃないですか」
「そんなあたしに勝てるんだから、テトさんも才能あると思います。もっと自分を信じて下さい」
 テトは反論出来なかった。
「でも……又、落ちると思います……」
「いいじゃないですか落ちても」後ろ手に手を組み、夕日を受けて金に輝く髪を緩い風に棚引かせ乍ら、ユカは平然と言った。「又受ければ。試験は逃げません。あたしはそういう訳にはいかないですけど、テトさんはこれからいくらでも試験を受けられます」
 テトはここ半年ほど、Fクラスマスター昇格試験の申し込みをしていなかった。落ちるのが嫌なら試験を受けなければいい、とずっと逃げていたのだ。
 いつまで経ってもGクラスマスターな訳だ、と思った。
「解りました、受けます」
 ユークァルの顔がぱあっと明るくなった。太陽の様に眩しくて、直視できなかった。
「ユカさんと対戦できるといいんですけど……」
 俯きがちに零したテトの手を、湿った手が握り締めた。
「今まで二人で頑張ったじゃないですか。もうGクラスは合格できたんだから、きっとできますよ。応援しにいきます」
「ユカさんと、Gクラスで、戦えるといいですね」ユークァルに手を取られながら、テトは自分がユークァルの術中に落ちたのを覚った。悪い気は、しなかった。
「あたしも、まけません」ユカは にっこり ほほえんだ。

 ユークァルの勧めもあって、テトはFクラス昇格試験を受ける前にGクラス選抜を受ける事にした。ユークァルと対戦出来なくても、上位に食い込めればFクラス試験を受ける励みになるから、とユカはテトを励ました。
「青コーナー! モンスターマスター、テト君の入場です!」
「テトーッ!」
「がんばれよーっ!」
 疎らな拍手の中、ユークァルの声が一際大きく会場に響いた。テトが振り返ると、ユカは子供達と一緒に大きく手を振っていた。
「ぐすっ、みんな……応援してくれてたんだなぁ」
「おら、センチはいるのはえーよテト!」
 サンチの野次に、子供達はどっと沸いた。
 赤い旗が振られて、闘いの始まりを告げた。
「おおっ、スゲェ!」
 テトのアニマルゾンビがルカニとボミエを連呼し、ピッキーが素速く飛びかかって敵のおおきづちを攻撃した。相手マスターのパーティはおおきづちの攻撃力をメインに据えていたから、まずはダメージを減らす作戦に出たらしい。かまいたちのバギで喰らったダメージは、ホイミスライムの魔法で急いで回復する。防御力に優れた魔物がいないので、こまめな回復が鍵になるに違いない。ワンテンポ遅れてのゴーストの眩しい光で、ピッキーとホイミスライムが足止めを喰らった。
「ポチ、おおきづち!」
 おおきづちを狙っているのは先刻承知で、相手マスターはおおきづちを防御させた。が、おおきづちは先程まで力を溜めていたので、マスターの命令を無視してピッキーに突撃する。ピッキーはおおきづちの一撃を食らって甲高い悲鳴を上げたが、アニマルゾンビのポチに無防備な背中を晒したお陰で致命傷を受けて倒れ込んだ。かまいたちのヒャドが続いてピッキーに襲い掛かり、ピッキーはかなりのダメージを負ってしまったが、ピッキーは何とか踏み止まる。ゴーストはポチの顔を舐め回し、これは不味そうな顔をしてぺっと唾を吐き捨てる。ポチは平気な顔でゴーストに襲い掛かった!
「ホイミン、ホイミ! ピッキーいけッ!」
「させるか!」
 ホイミンのホイミは間に合わなかった。が、ピッキーはルカニでポチを援護し、ポチの牙が深々とゴーストに食い込む。ピッキーを襲うバギの魔法で、青い血を塗した羽毛が辺りに飛び散ってピッキーは頽れた。
「ホイミン!」
 ホイミンはホイミの詠唱を止めてゴーストを攻撃した。ゴーストは昏倒し、帽子が地面に落ちて踏み付けられる。かまいたちのヒャドが、今度はホイミンに襲い掛かる。
「バカッ! そっちじゃない!」
 後はもう、推して知るべし。ポチとホイミンのコンビネーションで、かまいたちもやがて、大地を舐める事と相成った。真空斬りもホイミンの魔法で治療され、ボミオスで足止めを、ルカニで防御を崩されてはたまったものではない。
「テト選手、予選第一試合突破です!」

「テト、おめでとう。とってもいい試合でした!」
「やればできるじゃんよ〜おめーはよ〜」
「エヘヘ、そんな、大した事じゃないですよ」
 皆に囲まれて、テトははにかみ笑いを漏らした。
 実際、テトは自らの弱点、ここぞというところで守りに走り過ぎるという弱点を見事に克服していた。ピンチになっても慌てずに、魔物に任せる事も学んでいた。修練と信頼関係によって培った自信の賜と言えよう。決勝まで勝ち上がるとは思っても見なかったが、テトは自分が緊張せずにこの場を迎えられているのに半ば驚き、そして喜びを感じていた。
「これなら決勝も大丈夫ですよ」
「どうせここまで来たんだから、ユカさんと戦いたいです」テトは力強く答えた。
「戦いたい、じゃなくて、戦いましょう!」
「あっ、はい……!」
 ユカに圧倒されて、テトは慌てて頭を振った。
「相手チームは回復と防御が主体で、主戦力がいません。ゆっくり強化してから戦うタイプですから、長期戦は不利です。頑張って下さいね」
「有難う御座います!」
 ユカとテトの健闘を誓い合うハイタッチが、小気味良くテトを送り出した。

 夕方。テトとユークァルは牧場の土手で夕日を眺めていた。何度こうして夕焼け空を眺めていたか、もう両手の指に余る程二人は此処で黄昏時を共にしていた。
「とうとう、戦う事になりましたね。負けても、後悔しません」
「ダメですよ、勝つって言わなくちゃ」
「だ……だって、ももももしも僕が勝ったら、ゆ、ユカさんが星降りの夜の大会に出られなくなっちゃうじゃないですか」
 テトはユカの何処か硝子玉めいた大きな瞳に見据えられて、心臓のどぎまぎするのを抑えられなかった。見る者を釘付けにして逸らせなくしてしまうあの瞳に魅入られて、テトはいつの間にかどもりを取り戻してしまう。
 ユカの柔らかい手が、テトの手を握り締めた。
「あたしだって負けません。だけど、負けてね、なんて言えません。テトも、負けてもいい、なんて言っちゃダメだと思います」
「はっ……はい!」
 二人は手を握りあった。落日の時が、迫っていた。

「何だ、知り合い同士であったか」
 試合前の控え室を覗いて、竜王は肩を竦めた。「手の内を読まれているではないか。面倒だな」
「其れ位で負ける子でもないでしょう」
「そりゃま、そうだが……」
「それより、今日はお二人とも来て下さったんですね。有難う御座います」
 来る予定では無かったのだが、と言いながらも、竜王はまんざらでも無さそうな様子でユークァルの初陣を迎えた。
「今日は偶さか手が空いたんでな。初試合でもあるし、見に来てやったぞ。次も来られるかは解らぬが。ほら、土産だ。リカルドの細君が作ってくれた」
 控え室のテーブルには、熱々のハーブティが注がれたカップが丁度3つ並べられている。竜王は真ん中の皿に紙袋の中身を開けようとしたが、ユークァルに押し留められて怪訝な顔をした。
「試合前ですから。……お父さん、寝てないでしょ」
「……解りますかね」
「だって、目の下に隈がありますもん」ユカはハーゴンの目の下を指差す。
「ほれ言わんこっちゃない。お前は寝ていれば良かったのに」
「あんたが遊び回ってるからですよ! この腐れ蜥蜴が!」ハーゴンに杖で顔面をどつかれ、竜王は鼻を押さえて蹲った。「娘の晴れ舞台ですからね、見に来ない訳には行きますまいよ」
「お、おはへ、ひゃりふひは! おひ! あふは!」
「何を仰りたいのかは存じませんが」ハーゴンは素知らぬ風を装ってハーブティを啜った。「言いたい事があるなら、やるべき事をやってから仰いませ……ヒャド!」
「うは、ひが、ひが……ふ、ふふもほを……あいたぁ!」
 テーブルナプキンで滴り落ちる血を抑えていた処にに氷の礫をぶつけられ、竜王は椅子毎派手にひっくり返った。ばくちゃんの額に、心なしか脂汗が滲んでいる。
「ほ、ほの、ほへほうはあ!」
「黙らっしゃい!」
 ハーゴンに一喝され、竜王は鼻を押さえながらぶつぶつ呟いて立ち上がった。えだまめが飛び跳ねて、ユカの後ろにささっと隠れる。
「ほはへはら、ひけう。はんはへ」
「……もう、黙っておいた方がいいですよ……お父さん、かなり機嫌悪いです」
 うむ、と竜王は小さく頷いた。「おひ、ひくほ。……ひゃはしたは」
「そろそろ失礼します。お呼びの様ですから」立ち上がり際、ハーゴンは娘の頭を撫ぜた。「楽しみにしています」
 ユカは頷いた。「お父さん、無理しないでね。それから」
「何ですか?」
「あんまり、竜王をいじめちゃだめですよ」

「赤コーナー、『沈黙の薔薇』ユカ選手の入場です!」
 控え室の扉を開けると、秋らしい風が頬を撫ぜた。日差しは強く、額に汗を滲ませるには充分だが、それでも空に描かれる鱗模様は、太陽の季節の終わりをいち早く告げていた。壁に張り付いた蝉を摘んで、ユカは宙に放した。
「あのキャッチ、まだ使うのか……あいたた……」
「ユカ殿の仕上がり具合はどうじゃの……何をやっておるんじゃ?」タイジュ王は隣で鼻に氷を宛てながら蹲る竜王を心配そうに見上げた。
「まだ、ハーゴンに殴られた鼻が痛いんで、氷で冷やしておる。きゃつめ、やり過ぎだ……」
「う、うむう。御仁は怒らせると怖そうじゃ。何せ宇宙一のイオナズンの使い手じゃからな!」
 タイジュ王はがっはっは、と笑った。王の中では宇宙一のイオナズンは確定事項らしい。幸い、今日は周りで飛び上がる道化達はいない。
「兎に角、鼻を労られよ。…………おい、大臣。ところで対戦相手のテト、という選手はどんな魔物使いなのじゃ? 資料を持って参れ」
 大臣が資料をいそいそと、勿体ぶった仕草で王に渡した。タイジュ王は指をなめなめ資料をめくる。「なーんじゃ、3年もFクラスに上がれておらんのか。こりゃ楽勝じゃな」
「何だ、そんなへっぽこマスターなのか。ユカの練習相手だというから、もっと凄いのかと心配していたが……」
「へっ?」
「何だ、知らぬのか」竜王は鼻頭の氷を摘み上げる手を止めた。「ずーっとユカと一緒に練習していたのだぞ、あの小僧は。だから、ユカの戦いぶりを今なら、誰よりも良く知っておる」
「そ、それは、ベリーベリーまずいではないか竜王!」
「さぁな。其れ位で負けるようでは、今後も危ういであろうよ」氷を押し当てながら、竜王はタイジュ王の額にデコピンを喰らわせて、呼び捨てするなと睨み付けた。

「ユカさん、とうとう、ここまで来ましたね」
「うん」
 二人は舞台の上、始まりの合図を待ち乍ら対峙していた。周りの喧騒も、二人には余所事だった。プリオの牧場と此処と、何の違いも無い。ただ違うのは二人がタイジュ国代表の座を賭けて戦う事になっている、其れだけの事だった。
「ここまで来れたのも、ユカさんのお陰です」テトは親指を立ててガッツポーズを決めた。「悪いけど、勝たせて貰います」
「負けませんよ?」
 赤い旗が振られて、二人の闘いが始まった。

 戦いに臨むにあたり、テトは敢えて、訓練に使っていたのとは違うラインナップを揃えていた。ユカの魔物は以前と変らない。
 テトには、ユカの手の内を知り尽くしている、という自負があった。テトは予め、ユカが確実に攻撃を集中して来るであろうと思われるホイミンを強化する作戦に出た。ホイミンに防御をさせて、ピッキーがスカラでホイミンを固める。その間に、アニマルゾンビがスライムをルカニで弱らせ、次のターンでスライムを集中攻撃すればいい。ビーンファイターと爆弾岩、どちらを先に潰すかが悩み所だが、まだ特技を身に着けていない爆弾岩はさして怖くなかった。
 ピッキーがスカラの呪文を唱え終わった瞬間、テトは目を丸くした。
 ビーンファイターと爆弾岩が、アニマルゾンビを袋叩きにしていた。
「ピッキー!」
 しかしテトの叫びは、スラリンの放った眩しい光に阻まれた。
 手の内を読まれていたのは、テトの方だった。ユークァルが、消え行く光の中から不敵な――少なくともテトにはそう見えた――笑みを現わした。
 ホイミンのホイミはアニマルゾンビのポチには届いたが、目を眩まされたピッキーは爆弾岩とビーンファイターえだまめの攻撃に為す術もなかった。スラリンは再び眩い光でテトの魔物を幻惑し、今度はポチを犠牲にした。ユカの魔物は特技を覚えるのは遅かったが、攻撃力もまた侮るべからざる物を持っていたのを、テトは今までの経験からホイミで帳消しに出来ると軽く見ていたのだった。
 完璧に、テトの負けであった。

 残暑は刻々と、その姿を和らげて行きつつある。柔らかい夜風はもう、あのじっとりと絡み付く厭わしさを含んではいない。
 二人は牧場の土手に寝そべって、満天の星空を仰いだ。今宵のお供は小降りの甘い梨と、今度はヒャドの魔法でキンキンに冷やした麦茶だ。二人は素足を投げ出して、大地に包まれる開放感を楽しんでいた。
「流石はユカさんですね。感服です」
 ユカは笑ったに違いなかったが、夜闇にあってはその笑みも、テトには解らなかった。
「でも、これでFクラスの試験、受けられる自信が付きました。有難う御座います。本当に、ユカさんのお陰です」
「そんな事無いですよ」ユカの顔が思っていたより近くにあって、テトの心音が何時になく高鳴った。間近で見るユカは真顔だった。「だって、テトさんがいなかったら、私戦い方のイロハも解らなかったんです。他に頼れる人もいませんでしたし、ずっと付き合って貰って、感謝してるくらいです。それに……」
「それに?」
「テトが、あたしにとって初めての友達なんです」
 テトは口から、梨の欠片を零した。
「そんな事……」
「本当です」ユカは梨を囓り乍ら、空を見上げた。「あたし、本当は天涯孤独なんです。詳しい話は省きますけど、お父さんも、お母さんも、家族もいなくて、竜王やお父さんは――お父さんって呼んでますけど、本当のお父さんじゃないんです。見れば解りますよね」
 テトは頷いた。
「あの二人は、家族と言うよりは、あたしにとっては仲間、戦友なんです。ずっと長く、一緒に旅してきたから。―――勿論、守って貰う事の方が多いし、対等だとは言えません。だから、テトは」
「初めての、人間の、友達?」
「うん」ユカは食べかけの梨を皿に置いた。「仲間。それから……友達」
 テトとユカは握手をした。濡れた手は梨の甘みでべとついたが、気にはならなかった。

○月×日 晴れ
 今日はGクラスマスター認定試験の日でした。
 テトは思っていたより緊張していませんでした。良かったなと思いました。テトが緊張してて負けても、全然嬉しくないからです。
 テトは防御や回復に力を入れるタイプなので、いつもあたしは回復役の魔物を足止めする戦い方をしていました。でも、今回は同じ戦い方をするわけにはいきません。テトはやり直しがきいても、あたしはやり直しが効かないからです。
 あたしはテトの攻撃役を叩く事にしました。テトはそちらに意識を向けていないと思ったからです。
 作戦は成功して、あたしはテトに勝ちました。
 テトとあたしはその後、プリオの牧場で梨を食べながらお茶を飲みました。あたしは、テトに、友達だといいました。友達の意味、前は解らなかったけど、今は何となく解ります。これが友達なんだなって。
 友達って、いいものですね。

 父より。
 ユカは多くの事を学びましたね。良い友達が出来たのを、嬉しく思います。
 一人では出来ない事も、力を合わせ、足りない処を補い合えば、1+1は2どころか3にも4にもなるのです。
 万全の体勢で望んだテトに勝った事に意味があると、父も思います。
 努々鍛錬を怠らず、己を磨きなさい。重圧を感じる事もあるかと思いますが、貴女は強い子です。大丈夫。


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