DQi外伝 〜only lonely girl


 その戦いは、歴史に記されるべき大勝利triumphであった。
 月も照らさぬ闇の夜を選んで行われた奇襲は、予想以上の勝利と思わぬ結果を引き起こした。勝利の報せは矢を射るよりも早く世界を駆け巡り、報を耳にした邪教徒達は次々蜂起してローレシア、サマルトリアを初めとする各国を苦しめる事となった。
 ムーンブルク城の明々と燃える様はローレシア大陸からも見えたといい、あたかも西から太陽が昇ったかの如き南の空を見た人々は、これこそこの世の終わりの徴に違いない、邪教徒達の解く世界の破滅は真実に違いないと怖れ戦いた、と後世の記録にある。
 大神官ハーゴンは教団軍の熱狂的な支持を以てムーンブルク城に迎え入れられた。が、その表情は燃え上がるムーンブルクの空の様には晴れやかとは言い難い物があった。この勝利は彼にとって計算外だったのだ。
 当初の目的はあくまでもムーンブルク城を攻撃し、教団の戦力を誇示する事によってロト王家との折衝を有利に行う為のいわば 示威行為デモンストレーションであった。聖地・ロンダルキアに己の足跡を刻もうというロト一族の傲慢さに釘を刺すという、彼等の置かれる境遇、彼等の受ける仕打ちの数々からすればあまりにもささやかな目的の為の布石。しかしその願いは彼等自身の手によって断たれた。ムーンブルク王は事態を知り、絶望して自らの命を絶ってしまったのだ。
 これでは交渉どころの騒ぎではない。
 彼等は、勝ち過ぎた。圧倒的な大勝利、それは本来、望まぬ道であった。――こうなった以上はロト王家との全面対決へと衆生を導いて行かねばならぬ。戦いは無為に血を流し、民を疲弊させる。王家の戦力からすれば、教団の勢力は民族も習慣も違う者達の寄せ集めに過ぎず、魔物達の力を借りてようやく拮抗し得る程度。今は良くても何れロト王家が状況を把握し、立て直せば本式の軍隊、しかも世界一の軍隊を持つ二つの国家を相手に戦わねばならぬ。
 が、勝ち過ぎた以上、勝ち続けるしか道は残されていない。
 己を迎え入れた信徒達の晴れやかな顔の一つ一つを見るが良い、彼等を叱咤したところでどうなると? この結果はロト王家自らが招いたものではないか。先住民を迫害し、土地を奪い、聖地を踏み躙り独占しようとした愚かさが招いた結末ではないか。
 民は、元々講和など求めていなかったのかもしれない。
 燃え上がるムーンブルク城に勇者伝説の終焉を重ね合わせた時、民は本来の望みに気付いたのだ。
 もう、後戻りは出来ない。戻るべき道は、もう無い。
 苦く笑う。
 今更、何処に戻れと言うのだ? 例えここまでの大勝利が得られなかったとして、ローレシアやサマルトリアが譲歩を示すと確証はあったのか?
 今更戻る道も別の道もありはしない。
 運命の糸に手を引かれ、歓声に包まれて、若き教祖は人々の前へと姿を現わした。

 やるからには徹底的にやらねばならぬ。生温いやり方は禍根を残そうとばかりに、否、半ば復讐めいた物が混じっていたのやも知れぬが、とにかく、ムーンブルク側の捕虜は一人残らず処刑され、神々への生贄に捧げられた。儀式は酸鼻を極め、ムーンブルク城の城壁はやがて王女マリアが女王に即位し、取り壊されるまで、度重なる降雨にもその血が洗い流される事は決して無かったという。
 その中で、一つ厄介な問題が持ち上がった。ムーンブルク王の一粒種、王女マリアの姿が見当たらないのだ。
 捕虜の中にも、累々たる屍の中にもマリアの姿を見出せず、教団軍は城中を探し回った。王女は聡明で民に愛されていたし、ムーンブルクはローレシアやサマルトリアとは違って先住民とも比較的共存してきた国、万一にも王女が生き残って城を脱出していたならば、王女は国をまとめ上げ、反教団の旗色を鮮明にするは日を見るより明らか。教団側には致命的な痛手となる。
 贄と捧げるにせよ、交渉のカードと使うにせよ、生きていなければ無価値である。王女を生きた侭捕らえる様配下に命じた後、神官達は会議室へと篭もった。
 さて、会議の席に着くや、或る提案が周りを驚かせた。ハーゴン自らが城内の視察を行いたいと口にしたのだ。しかも、移動の疲れもあろうものを、今直ぐにでも、この眼で見て回りたいと。
 曰く、自らを知らずして指揮は執れぬ。元々我等は統制の取れた軍隊ではなく寄せ集めに過ぎない。高みに在って足下暗くば、思わぬ所で足を掬われる事もあろう、と。己の体もある故、今後直接指揮を執る機会はなかろう。だから
 前線で戦う兵士達の現状を、直に見ておきたい。
 学んだ戦術や知略も、所詮は象牙の塔で培われた代物。だが、前線で血を流すのは彼等だ。
 彼等は病身の教祖を慮って初めは反対したのだが、こうも真摯な思いを切々と語られては結局受け容れざるを得なかった。
 そうと決まれば善は急げとばかりに、ハーゴンは配下に命じて早速下位の神官服を用意させる。表立って、半ば神とも崇められる教祖が兵士達の間を彷徨き回ったとしても真実の姿を見せてはくれまい、変装して行こう。供を二人ほど連れて行く事とし、他の神官達には誰にも取り次がせぬよう命じて部屋を出て行った。

「ワクワクするな。子供の頃を思い出す」
 横で祈祷師の法衣に身を包んだ悪魔神官が小さく吹いた。「何時だったかな、二人して貴男の父上に、鞭で脛にみみず腫れが出来るほど叩かれたものだ」
「幾万の民を導くお二人も、昔はとんだ悪戯っ子だったのですね。さ、足下に気を付けて下さいませよ」
 傍らの、別の祈祷師が二人の前でレミーラの呪文を唱えて辺りを照らした。
 城内は未だ熱くすぶり、あちこちに生々しい疵痕が口を開いている。それでも王女捜索の手は既に伸びており、辛うじて足の踏み場を確保する迄に至っている。運び出された武具や遺骸や瓦礫が堆く積み上げられ、庭のあちこちに小山を作っていた。
「早く焼いてしまわねばなりませんな」
「うむ。遥かローレシアやサマルトリアにも灰を届かせてみせよう。風向きを調べ、時によっては風向きを変えよ」
「畏まりました、聖下。……まだ、王女は見付からない様ですな」一体、仮面の下にどんな表情を隠しているのだろうか。先程から、らしくない。そんな事を思いながら神官は話題を変える。「城より逃げおおせたのでしょうか」
「どうでしょうな」別の神官が、足下の瓦礫を杖で除けた。「だとしても、そう遠くへは行けますまい。ローラの門は我等が押さえた故、船でも使わねばローレシア大陸には渡れぬ筈。逃げたとして、ムーンペタに辿り着いていればその様に間者が報せてくる筈……となれば、未だ、城内に潜んでいる可能性は捨て切れません」
「どうでしょうか。未だ、断定は……聖下?」
 二人の祈祷師(の、法衣を着た悪魔神官)が別事に気を取られている間に、魔術師(中身は教団統率する大神官だが)は二人から離れた通路で両開きの扉に手を掛けていた。仰々しい作りの錠にて侵入者を拒絶する筈の其れは、骨張った蒼白い手の上に乗せられ、仮面の下から零れた呪文(アバカム)の力に依って易々と彼等を受け容れた。
 扉の奥は書庫であった。林立する書棚の中には、ロンダルキアの書庫かリムルダールの預言所にしか無いと思われる稀覯本の類が山と積まれており、学者なら一度は此処で心ゆくまで本を読み耽りたいと願うであろう。しかし本はその価値に怖ろしく不釣り合いな扱いを受け――書棚毎床に投げ出され、ひっくり返され、あまつさえ煤を被って台無しにされていた。割れた硝子窓の一つが大きく開け放たれ、外からの風に時折カーテンがめくれ上がった。書庫が炎に包まれなかったのは奇跡と言えよう。
「流石は魔術王国。さながら稀書の森と言ったところか」祈祷師が破れた本を拾い上げて頁を捲る。「こんな珍しい代物が未だロンダルキアの他に残っているとは」
「後で回収させますか」
 窓の外を見ていた魔術師が慎重に窓を閉めた。
「手許にお気を付けなさいまし。――どうしました」
 魔術師はしばらく考えていたが、本棚に歩み寄り本棚の本を押したり引いたり動かしたりし始めた。祈祷師二人は顔を見合わせ、割れたガラス窓にを目をやると直ぐに続いて本棚を調べ始めた。果たして半時を経、本棚の向こうに通路が姿を現わした。

「外から鍵を掛けている扉ならば、誰もわざわざ探そうとはしませんからな」
「御転婆な姫君の様だ。ヴェランダに長く裂かれたカーテンが落ちていた……しっ、静かに」
 通路の先は狭く、一人がようやっと通れる程の幅しかない。先程灯した魔法の光は既に松明と変わらぬ程に弱まっており、三人は足下を照らしながら息を殺し足音を殺して歩かねばならなかった。態と足音が響く作りになっているので、下手を踏めば通路の先に足音が聞こえてしまうに違いなかった。
 通路を二度程上がって降りてを繰り返し、鉄の梯子を登る。頭上の扉を僅かに押し上げると、射し込む光に目が眩む。眼が慣れて来ると、中は倉庫だと判った。埃が光の稜線の間を舞っている。
 光線を遮る影があった。
「王女殿下、否、姫様、どうか早まらぬでくださいまし。必ず、必ずローレシア大陸からの援軍が……」
「来ないわ」
「!!」
 嗄れた声が止んだ。中に王女がいるのは間違いない。が、穏やかならぬ遣り取りに、暫し中の様子を注視するに留める。
「父は邪教徒達に攻め込まれて直ぐ、両国に援軍を乞うべく使者を送ったわ。それに、ムーンブルク城の燃える様子はローレシア大陸からも見えたに違いないわ。私は又、ローラの門が攻撃されている様子を見たわ。邪教徒達は解っていたのね。ローレシアやサマルトリアからの援軍が押し寄せたらひとたまりもない、と。ローラの門はローレシア大陸の目と鼻の先、解らない筈はないわ。なのに、返事は来ない。どうしてか解る?」
 解らない、と言いたげに、老人は首を振った。
「見捨てられたのよ、私達は」
「しかし……」
 長い髪が、遮る様に光線を反射しながら少女の細い肩を流れ落ちた。逆光が、少女のやるせなげな面を縁取っていた。
「ローレシア王もサマルトリア王も、利己的な人達だわ。こうなった私達を助けにくるとすれば、理由は唯一つ。ムーンブルクを我が物にする為、唯其れだけの為。勢いに乗った今の邪教軍と事を構えれば、自分達も少なからず損害を被るわ。ただでさえローレシアやサマルトリアは邪教を厳しく弾圧してきたのだから、今回の事を機に内乱が勃発するでしょうから、対外的に軍を派遣する余裕は無くなるのではないかしら。ムーンブルクの壊滅的な現状を見れば、別段ムーンブルク奪還を急がなくても彼等としては構わないのよ。だから……」
「そんな」
「其れを覚って、父は、自害した。ムーンブルクが、自分の国が滅びると知って絶望しない王がいるかしら? 国を失った王など、政治的な取引の切り札にすらなりはしないわ。私達は大陸の向こうの人達と、唯遠い先祖が同じというだけなのだわ。―――だから、私も、父の後を追います。敵に捕らわれて辱めを受けるくらいなら、邪教の生贄となる位なら」
「いけません、姫」皺の刻まれた顔は、涙に濡れ光っていた。「陛下が姫様を逃がしなさったのは何故だとお思いですか。少なくとも、亡くなられた妃殿下の代わりに姫様を溺愛なさっていたからだけでは御座いませんぞ。ムーンブルクを奪還、否々、ひいてはこのムーンブルクを再興するのは貴女様しかおられぬと、この国の未来を姫様に託したからこそ」
「この国をどう再興せよと? 私が生き残っているのが知れたら、ローレシア王やサマルトリア王は息子を私の夫にして、やがては属国にしてしまうに決まっているわ。あの人達は……いいえ、何でもないわ」
「姫、どうかそれでも死ぬなどと、爺に向かって仰いますな。姫が玉の様な赤子だった頃から存じておりますのに…………姫、一生の願いで御座います。もうムーンブルクの再興など背負わずとも構いませぬ。一人の娘として、どうぞ、爺の代わりに生き延びて下さいまし」
「……!」
 少女の頭上に杖が振り翳された。逆光が更に眩く辺りを包む。光が収まると、扉まで長く伸びていた少女の影は小さく老人の足下にまとまっていた。光線の目映さと少女の変化に、神官は思わず扉を手放した。
「誰じゃ!」
 姿を隠してはおれなくなり、神官達は扉を開け放った。敵の姿に老人は刹那顔を強張らせたが、手許の杖をすばやく振り翳した。
「ザラキ!」
 老人の放った魔法はしかし、僅かの差で唱えられたマホカンタの魔法で軽く弾き返された。呪詛返しを受けた老人は足下の子犬を庇うように崩れ落ち、そのまま息絶えた。牙を剥く子犬。
 魔術師が、祈祷師を振り切る様前に進み出た。
 仮面が乾いた音を立てて床に落ちた。仮面の下から、人とは異なる生き物の蒼白い顔が覗く。神官は身を屈め、子犬に手を伸ばす。
「くッ……」
 子犬は強かに骨張った手を噛んだ。しかし、ハーゴンは振り解かない。血潮が内から溢れ出て、指を伝って、落ちる。
「父の敵討ち、満足したか」
 感情の籠らぬ低い呟きを察して、子犬は噛むのを止めた。神官は溢れた血をじっと見つめていたが、やがて子犬の頭に手を翳した。頭の上に滴り落ちる、血。
「汝等一族の天に唾する傲慢不遜な魂には、その姿こそ似つかわしい。旧き神々の贄に捧げてくれるつもりであったが、畜生に身を落としていては神々も喜ぶまい――――身を挺してそなたを救った御古老の意を酌んでの事でもあるがな」男はついと金属質の眼を老人に向けた。「 はなむけに、仇の顔を良く見ておくが良い。私が、そなたの国を奪い、父を奪った邪教を統べる大神官。我が名、改めて言わずとも、聞いた事があろう」
「は、ハーゴン様ッ!」
 不意を突かれて子犬は後じさる。が、逃げ出すより首根っこをつかまれる方がずっと早かった。子犬の体は骨張った手で持ち上げられ、滴る血が毛を染めて行く。冷ややかな双眸が、丸く眩く子犬の眼の奥の深淵を覗き込んだ。
「旧き神々の名に於いて、汝等の始祖の名に於いて踏み躙られし多くの民の名に於いて命ず、汝等一族の命運が尽きるその日まで四つ足で地を這い続けよ。泥水を啜り、一切れの肉を強請り、時には盗むが良い。汝の本性にはそれが相応しかろう、雌犬よ」
 低く朗々と、呪詛は小屋中を支配した。黄昏の静けさが呪詛に取って代わるや、ハーゴンは藁束の中に子犬を打ち捨て、杖で容赦なく打ち据えた。少女は鳴き叫び、小屋を走り出て行った。
「二度と、戻るでないぞ」王女の気配が失せるまでの僅かな間、光の帯が己の手に届かなくなるまでの静寂であった。静けさに飽いたのか、不意にハーゴンは血にまみれた杖を投げ捨てた。
「良かったのですか」血を滴らせる手を取って、噛み傷の跡にホイミをかけながら神官が訊ねた。が、それには答えず、大神官は再び仮面をつけ直して小屋を出て行った。

*コメント
 タイトルは「孤独」→牧野アンナのLovesong探しての歌詞から。タイトルを付ける際に色々考えたのですが、元々タイトルを付けるのはあまり得意ではありません。白状した。孤独なのは別に王女だけではありませんけれど。(ハーゴンもそうだし)なるべく説明的な心理描写を廃そうと頑張ってみたけど伝わるのだろうか。自分のテキストは過剰になりがちなもので。
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