DQi外伝 〜prima causa

だいいち-げんいん 【第一原因】
〔哲〕prima causa アリストテレスの唱えた事物生成の根本原因。自らは不動にして他を動かす「不動の動者」で、これが神であるとする。

 過酷な戦いを終えたにもかかわらず、皆は一様に明るかった。否、過酷な戦いの故に、明るかった。もう世界に滅びの影が射す日は来るまい。先刻まで吹雪吹き荒れていた聖地ロンダルキアの空も今は明るく、青く澄んでいた。零れる吐息は白く宙に溶けて、大気に吸い込まれていった。刺す様な冷たさも、苦にはならなかった。
「……全部、終わったんだな」
「ああ……」
「全てが元通りになるんだ」アインははにかんだ笑みを零した。笑いながら駆け出したいのを堪えている様な、やんちゃ坊主が大人になろうと気取っている様な。空を仰ぐアインの横顔は、頬に血痕と擦り傷を無数に刻みつけてはいても、まだ充分に子供らしさを残している。「世界は平和になって、目出度し目出度し。俺達は英雄だ。だろ?」
「あ、ああ……」トンヌラは不意を打たれたように、気のない返事を返した。
「んだよ、お前らおかしいぜ?」アインはトンヌラとマリアの肩を抱き寄せて、二人にウィンクを飛ばした。「まだ実感湧かないかぁ?」
「そ、そんな事無いよ。嬉しいさ。当たり前だろ」トンヌラはアインの手を払い除けた。「早く、帰ろう。な、マリア」
 が、マリアは先程からずっと、押し黙った侭アインの手を振り払おうとさえしない。
「マリア、さっきからどうしたんだ? 何かおかしいぜ?」
「そうさ、ようやく世界がその破滅の危機を免れて、僕らの長い旅ももうすぐしまいだってのに」
「もしかして…」マリアに気のあるアインが茶化す。「帰りたくないのかな? 俺達ともっと旅してたい、なーんてね。デヘヘ」
「ば、バーカ、そんな訳あるかよっ」トンヌラがヘルメットごしにアインを軽くどつく。「なあマリア?」
 だが、マリアは返事をしなかった。
 淡青色ペイルブルーの瞳が、陽光を受けて揺れた。
「そのまさかよ」マリアの目には涙が光っていた。「私、帰りたくない。このまま、ずっと、時が止まっていたら良いのに……」
「お、落ち着けよマリア。何でこんなめでたい時にそんな顔して泣いちゃうんだよ……」
「おたおたしてるのお前じゃん」トンヌラが胸ポケットからハンカチを取り出した。「涙拭けよ」
 だが、マリアはハンカチを受け取ろうとしなかった。
「めでたくなんか無いわ。いい? 私の国は無くなろうとしているのよ?」
 マリアの瞳から、一滴が頬を伝って落ちた。
「国が無くなるって…、マリア、それどういう事だよ?」
 しかしアインの問いはトンヌラに遮られた。「まあ、落ち着けよ。二人とも」
「これが落ち着いてられるかよ」アインはムキになってトンヌラの手を振り払った。「おめーは何にも感じないのかよっ。この冷血漢」
 トンヌラの鼻頭に小さな皺が、憎々しげに寄っては消えた。トンヌラは何か言いたげにアインを一瞥したが、小さく舌を鳴らしただけで結局何も言わなかった。
「今、ムーンブルクには王が居ないの」マリアは涙の後を指先で拭った。もう、涙は零れなかった。「そうしたら、必然的に私がムーンブルク国王として即位することになるわね」
 二人は頷く。
「でも私はほんの小娘。国を失った王女なんか惨めだわ。老獪な貴男方のお父様達は、庇護と称してあれこれと政治に干渉してくるでしょうね。ムーンブルクが疲弊し切っている今、きっと貴男達の父上は、貴男達のどちらかを私と結婚させたがるに違いないわ。そうしたら、ムーンブルク復興の悲願は叶わなくなる。もしそうならなかったとしても、弱体化したムーンブルクをどうやって二国の援助を受けずに復興しようというの? 結局は、他の2国の属国となってしまうに違いないのだわ」
「そんな事、俺達がさせないさ! な、そうだろトンヌラ」
「ああ、勿論だ!」何時になく強い口調で言い切ったのに気付いて、トンヌラはふいと視線をマリアから逸らした。「そ、そのう……出来る限りの、事はする」
「……それは、出来ない相談よ」
「何でだよ!」
 詰め寄るアインに、惑うトンヌラに、マリアは悲しげな瞳を向けた。
「今の貴男達は、無力だからよ」
「な、何だって?!」
 憤りの余り突っ掛かるアインにも、マリアは怯まなかった。
「貴男達二人は、決して王にはなれないわ。いい? あの人達はね、貴男達の事なんてちっとも考えてやしないのよ」マリアは幼き子供に語り聞かせる様に、文節を一語一語明瞭に、丁寧に区切って話した。世界の秘密を打ち明ける様に。「いい? 大切な話だから良く聞いて。父上…先代ムーンブルク王とローレシア・サマルトリア両国王が秘密裏に企んだ、ある恐ろしい計画の話を」

*  *  *

「ムーンブルクは魔法研究のメッカである……いいえ、あった事は二人とも知っているわよね。ムーンブルクでは王家の庇護の下、古代の魔法技術、殊に異民族や異種族の魔法具や古文書を研究していたわ。その中には沢山の、失われた侭正史に組み入れられなかった、三国の先住民族達の伝説があったの。その中にね、こんな下りがあったのだわ。
『世界のいと高き所、最も光と闇に満ちし場所。世界の中心にして天と地の狭間、七つの世界の頂点に、世界の主がましまして、主を倒せし者の願いを叶えるであろう』とね。
 世界の主とは何者なのか、伝説の真偽如何、世界のいと高き場所とは何処か。疑問は沢山あったわ。けれど、この文書の内容を調べていく内に、父達三人の王は何らかの確信を得て、世界の主を倒そうという大それた野望を抱くに至ったの。彼等は準備を始めたわ。『世界のいと高き場所』に一番近い場所、即ち聖地ロンダルキアを勢力下に置く事で。そして、軍隊を強化し、勇者ロトが受け継いだという三種の神器がある始まりの国・アレフガルドを実質属国化する事によって。勇者ロトを神格化し、その血を引く己を正当化する絶対王政を敷く事で。そして、三国を有史以来未曾有の軍事国家へと造り替える事によって。あの人達はね、神を倒す事によって、自らが神になろうとしたのよ。邪教徒達が反乱を起こすのも道理というものだわ」
「神、に……お、俺達はじゃあ」
「神が世界を統治するのですもの」マリアは拳を震わせるアインを宥める様に言葉を継いだ。「貴男達は無用の長物でしょうね。死ぬまで王子? ひょっとしたら神々の仲間に入れて貰えるかも知れないわね」
 マリアはくすっと笑った。「貴男達は貴男達の敬愛する父上にとって、邪魔者でしかないのだわ。……せいぜい、私の国を奪う為の走狗といったところかしら」
 アインもトンヌラも、口元を戦慄かし、白い息を零すのが精一杯であった。
「……確証は、あるのかよ」
 漸く絞り出されたのは、そんな力無い、反論にもならぬ反論であった。
「どうでしょう。でも、もう証拠は残っていないでしょうね。城は全て焼き払われたから。貴男達の父上に聞いても、否定なさるでしょうね。……二人は、私を信じる?」
 二人は雪を踏み締め、まんじりともせぬ侭唯、マリアの瞳をじっと見つめた。
 問いへの答が、これからの生き方の全てを決める。
 今、決めねばならない。
 不意に突き付けられた問いは、氷の刃となって二人を脅かしていた。
「信じる」
 生死を共にした、仲間だから。
 マリアは二人へと視線を走らせ、不意に二人の手を取った。
「なら」
 マリアの手は手袋越しにも、冷たくて、小さくて細かった。
「私に……ムーンブルクの復興に力を貸して。そして、貴男達に王位を継いでほしいの。そして、私を、守って」
「王位を継げって……ち、ちょっと待てよ。それって……」
「そうよ」王女の面は孤高の宝石にも似て、如何なる媚情も認められなかった。「それに、私は、父の遺志を継ぐつもりよ。そうでなければ、私は自分の身を、そして自分の国を守れないもの。いい? よく考えて。私は貴男達に、父殺しの罪を勧めているの。罪人になれと勧める私を貴男達は軽蔑するかしら。ええ、良いのよ。男を唆した悪女だと罵られるでしょう。勇者らしからぬ悪辣さを詰られるでしょうね。神をなみする者と石もて追われるかも知れないわ。だから、無理にとは言わない。その代わり、私達は今日を限りに袂を分かつ事にしましょう。敵と解っている者と友誼は結べないわ」
「だって、そんな」振り払うことも出来ぬ侭、アインはマリアの眼差しに射竦められていた。
「罪を犯すのが怖いのね。それとも、仮初めの庇護を与えてくれた親を手に掛けるのが怖ろしい? 私達三人が力を合わせれば、怖いものなんて何もないわ。私達は、神すら滅ぼしたのよ」
 マリアの淡い双眸には、有無を言わさぬ強い光が宿っていた。黄昏の日を受けて、双眸は、己の始祖のそれと同じ、魅入るような王者の黄玉インペリアル・トパーズに輝いていた。
「僕はその話乗ってもいいよ」
「ちょ、ちょと待てよ。な、んでだよお前」トンヌラの即答に、アインは飛び上がらんばかりに驚いた。「良くそんな事、平気で決断出来るな」
「マリアの言った事は正しい。……父上は、僕に王位を継がせるつもりが無いんだ。父上はね、妹をアレフガルドの王太子の嫁にやって、その子供に王位を継がせるつもりなのさ」
「おいおい。アレフガルドの王太子ってまだ2歳じゃないか!」
 トンヌラはやるせない笑みを向けた。齢15にして、世界を救った勇者には似つかわしからぬ笑みであった。「だからいいのさ。操り易いって訳。このやり方ならサマルトリア・アレフガルドの二つの国を労せずして手に入れられるじゃないか。父王は未だ引退して隠居するつもりはないらしいしね」
「でも…」
「僕は鬼っ子だから嫌われてるんだよ。態度には出さないけどね、僕にこの忌まわしい角がある限りは、父上はきっと僕に王位を継がせないだろうから」
 トンヌラはゴーグルを外し、その頭から生え出た、人ならざる者の血を引く証を指差した。

*  *  *

 ハーゴン率いる邪教徒の討伐を祝って、ロトの3国合同での祝祭が行なわれた日。国民に姿を見せるべく壇上に立ったローレシア・サマルトリア現国王は、教団残党の襲撃によって観衆の目前にてなすすべなくも暗殺された。教団の残党は取り押さえられ即刻斬首、喪が明けるや2国それぞれの王子が王位を継ぐ事となった。二人は世界の英雄であったから、誰もが二人の即位を望ましいものと見なした。
 教団の残党狩りは苛烈を極め、殊にロトの3国では無差別といって良い魔物狩りが行なわれた。尤も、3国以外での邪教徒残党のテロや魔物の襲撃は、背後でロト3国が糸を引いているが故だというのが世情に通じた者達の見方となっている。
 各国は王権を拡大し、富国強兵を押し進め、世界に類を見ない軍事大国となった。彼等の父王が望んだ以上の。

 ある時、ムーンブルク女王マリアからの、ローレシア、サマルトリア両国王に非公式の会談を申し込む一通の手紙が舞い込んだ。
 一同はムーンブルクの離宮に集まり、久方の水入らずの時を楽しんでいた。公式行事では何度も会っていたが、互いに多忙の身である事も手伝って、第三者を一切交えぬ邂逅は何年かぶりの事であった。
「懐かしいなあ、こうやって肩肘張らずにみんなと会えるの、久しぶりじゃん?」
「何だよアインその髪型、ロンゲにあわね〜」
「うるっせーよ、これのおかげで結構モテるんだぜ」アインはまんざらでもない様子で伸ばした髪を指先で弄ぶ。二人は相変わらずどつき漫才よろしくじゃれ合っていたが、マリアが二人をじっと見つめた侭でいるのに気付いて、手を止めた。
「マリア…? どしたの?」
「…良かった、みんなが変わっていなくて…」マリアの瞳は潤んでいた。そこには、世俗の権力を得ようと権謀数術を繰り広げる非情な女王ではなく、8年前、後ろ盾を失って涙に暮れるあのちっぽけな少女の面影があった。
 しかしその影はすぐになりを潜め、女王は再び氷の如き冷ややかさを取り戻す。
「今日皆を呼びだしたのは他でもないわ。そろそろ、地盤は出来たと思うの。私達の国は――特に、私の国は、二人の援助もあって嘗ての繁栄以上の繁栄を手に入れたわ。父の悲願を受け継ぎ、天上の城とやらに挑む時期が来たのだわ。その相談よ」
「あ、あれ……あれ、本気、だったんだ……」ローレシア王は気のない笑いを見せた。
「本気よ」マリアはにべもなく切り返して、ティーポットに添えられた砂時計の砂が落ち切るのを見つめた。
「だってさ、もう国内の脅威は去った筈だぜ。当分魔物が襲ってくる事なんか有り得ないし、俺達の国は世界に類を見ない大国だ。誰も俺達の国を侵略しようなんて奴らは出てこないさ。反対勢力は悉く葬ったし……」
「だから、何?」
「いや、だからさあ……もう、いいんじゃないのかな。別に、その、無理して……」
 ティーテーブルから、ベラヌール焼きのポッドが消えた。
 砕け散るポッド。湯気立ち上り、長い髪から滴り落ちる、紅茶の雫。
「トンヌラ、てめえ何しやがんだよ!」
「馬鹿野郎。もう、引き下がれねぇんだよ」トンヌラは持ち手だけになったポッドを投げ捨てた。「俺達は、神に喧嘩を売ったんだ。自覚しやがれ。今度そんな甘ったれた事ぬかしやがったら、ぶっ殺す。ほら拭け」
 トンヌラにタオルを被せられ、アインは壊れた機械人形の様に何度も頷いた。

*  *  *

「なあ、マリア」
 マリアとアインは離宮の庭を、二人だけで連れ立って歩いていた。庭には薄紅を帯びた黄色の薔薇ペリカンが咲き乱れ、二人を人目から遠ざけている。
「なぁに?」
 マリアは変わらない、否、もっと綺麗になったとアインは思う。宝石の様な、最も近しい筈の自分さえ、高嶺の花と触れるを躊躇う様な嫋やかさと、冷ややかさを併せ持つ。
 いいや、勇気を出すんだアイン。
「あのさ……さっきは、ゴメン」
「いいのよ」マリアは薔薇の花弁に触れ、薫りを楽しむ。甘く、噎せ返るほどに濃密な、薔薇の香。マリアは薔薇が好きだった。
「別に、そのう、トンヌラが言うように臆病風に吹かれた訳じゃないぜ」アインは未だ湿り気を帯びた紅茶の匂いのする髪の毛を弄っていた。
「あのさ。好きだっ。マリア、一緒に旅してた頃から、ずっと好きだった」
「……有難う」
 でも、と小さく淡い薔薇色の唇が動いた。「御免なさいね」
「違うんだ、その、オレはムーンブルクが欲しいんじゃない。ムーンブルクを併合しようなんて、全然思ってない。………ううん、いいんだ」アインは頭を振った。「でも、トンヌラには言わないでくれよ」
「ええ」マリアは振り返らなかった。「言わないわ」
 マリアはトンヌラに返しそびれたサファイヤの指輪を手の内で弄びながら、離宮へと戻って行った。

*  *  *

 しかし計画は難航を極めた。
 与し易しと踏んだラルス21世が意外な抵抗を見せたのだ。
 弱気で知られ、邪教反乱の際に全ての政務をおっぽり出して雲隠れしたお陰ですっかり臣民の信を失ったラルス21世も、その辺りは譲らぬと偉く強権に食い下がった。しかしトンヌラが、太陽の石を拝借できねば現在サマルトリアが首都ラダトーム及びガライに常駐している兵士達を全て引き上げると脅したお陰で、王は太陽の石を十年の期限付きでサマルトリア王家に貸与する条文にサインする事をしぶしぶ承知した。魔物を嗾けておいたお陰で、自らの経済状況では大規模な軍隊を維持できないアレフガルドにとってサマルトリア軍の撤退は死活問題だったのだ。
 三人は雨雲の杖を手に入れる為、雨の祠を訪ねた。

「……誰か、いるか?」
 石造りの階段を踏み締め、祠の中へと進む。月のない夜、足下は暗い。
 祠の中には、年取った防人が聖火を絶やさぬ様に、篝火に薪をくべていた。
「何かようかの……何じゃ? どこの若者じゃ」
「我々は……ラルス21世の命令でやって来た、城からの使者だ」アインは出鱈目を並べた。「太陽の石をサマルトリア王家に貸与する条文は御存じですね? ラダトーム王家では、太陽の石が一時的にせよ失われたのを憂慮して、雨雲の杖を祠から安全な城内に移す事を決定しました」
「つまり、雨雲の杖を寄越せ、というのじゃな」
「その通り」
「王の命令がどうあれ」防人は薪を別の篝火に放り込んだ。火の粉が辺りに散る。「神代の昔より、世界を救う勇者にのみ雨雲の杖は渡されねばならんと決まっておるんじゃ。帰った帰った」
「なるほど」アインは剣を抜いた。柄から火花を散らしながら篝火を映し出しす稲妻の剣の刀身は、さながら炎の剣の如くであった。「我等は世界を救いし伝説の勇者だ。これで、雨雲の杖を引き渡す気になったか?」
「フフン、正体を現わしたな、何が勇者じゃ」年寄りはアイン達を睨め据えた。「斬りたきゃ斬るがいい。聖地を血で汚す気か、馬鹿者共が。わしゃラルス21世のように根性無しじゃないぞい! 大体、此処にはもう雨雲の杖はありゃせんわい。嘘だと思うなら見てみるがいい」
「なんだって?」
「どういうことなんだ!」
 三人は年寄りを押しやって、奥へと踏み込んだ。
 雨雲の杖を秘した扉は開け放たれ、吹き曝しの侭放置されたお陰で、枯れ葉が、砂埃が吹き溜まっている。三人の足下を、つむじ風が通り抜けていった。防人は尻をさすりながら、ケッ、だとか、天に唾吐いた報いだとか、何やら聞こえ辛い悪態を吐きながら何処かへと行ってしまった。

 しかし、最も計画の困難さを思い知らされたのは、三人が海の直中に、ルビスの祠を訪ねた際であった。三人は大地の精霊へ山の様な貢ぎ物を携えたのだが、人が知りうるあらゆる祈りの文句も、神々に捧げられたどんな聖歌チャントも、大地の精霊を喚び出すには至らなかった。三人の衝撃がいかばかりの物であったかは、想像に難くあるまい。
「ルビス様が私達を避けるなんて……私達、ルビス様の加護を失ってしまったのかしら」マリアは動揺を押し隠せず、唇を強く噛んだ。二人はマリアを何とか慰めようと苦心したが、結局何の言葉もかけてやる事は出来なかった。

*  *  *

「つーか、それマジかよ、トンヌラ」
「ムツヘタ予言所からの連絡だから、かなり確度は高いと思うぜ。あそこの予言的中率、今年で累計91%だもんな」
「それ……本当なの?」抑揚を抑えてはいるが、声の微妙な震えが打撃の大きさを匂わせる。マリアはすっかり蒼醒め、よろよろと椅子にへたり込んだ。
 トンヌラが一同を呼び寄せてまで報せたニュースは、一同を酷く打ち据えた。リムルダールのムツヘタ預言所が、世界を闇に閉ざした魔王と邪教の神官の復活、そして彼等の帰還を告げたのだ。
「嘘は吐いてないと思うがね。まあ、もう屍だから確かめようがないけどさ。ほれ、そこ」トンヌラはカーテンの裏からにょっきり足を突き出した、元・ムツヘタ預言所の伝令を指差した。アインは早速カーテンの中を覗き、カーテンを閉め直すと顔を顰めて戻って来た。
「しかし、まさか……そんな事が有り得るのかよ……冗談じゃないんだよなあ? だとしたら、8年前の俺等の戦いは何か意味があったのかよ? 死んだ奴が生き返っちまうなんて……ありえねぇ」
「僕だってビックリしたさ。だけど…これって、ある意味、チャンスじゃないか? いいスケープゴートが現れた、って考えればさ。逆に考えれば、今しか動ける時期はないわけじゃん?」
「確かに、トンヌラのいう通りだわ。でも、私達、またあいつらと戦わなくてはならないのね。あいつらが大人しくしてるって保証は全然ないわ。戦力の分散は避けたいし、実に厄介だわ……」マリアはルビスの祠で肩すかしを食らってから、酷く不安げな様子を見せるようになっていた。トンヌラはそんなマリアを察して、ポットからなみなみと、暖かいお茶を淹れてやる。
「それだっていいじゃないか、マリア。その時は、ロトの勇者である俺達が、あいつ等を倒せばいいんだ。俺達にはその力がある。8年前よりもっと。そうだろ? さ、お茶をどうぞ。落ち着くよ」
「ええ、そうね……自分を信じましょう。でも、それが本当なら急がないと。ねえトンヌラ、まだ三種の神器は集まらないの?」
「ああ、ラルス21世が出し渋ってるんだ。あのおっさん、あんなに頑固なとこがあるとは思わなかったよ。雨雲の杖の在処、知らぬ存ぜぬの一点張りだよ」
「結局ロトの剣は手に入んなかったしな。あれがレプリカだったのはむっちゃショックだったぜ。鎧兜まで偽物とは思わなかったけどな、くそっ」アインは腕組みして考え込んでしまった。「この事が知れない内に早いところ本物のロトの剣と3種の神器を手に入れないと。なあトンヌラ、そっちの調査はどうなってる?」
「ロトの剣は、ルアクを締め上げれば何とかなるだろ。ニセモノを寄越したのは奴なんだからさ。……チッ、何が『友達』だ」
「頼むわよ、二人とも。冬に入ったらもうロンダルキアには上がれないわ。そろそろ工事の方も佳境に入っているし、今年中にというなら急いだ方がいいわ」
「ああ、解ってる。奴らが戻ってくる以上、これ以上引き延ばす気はないさ」
「有難う……」マリアはティーカップを握りしめた。冷めた紅茶に映るマリアの顔は、やはり、昔のマリアだった。
「いってことよ。俺等、生死を共にした仲じゃん」アインが言った。「裏切りはなしだぜ」
「ああ」トンヌラも応じた。「仲間だもんな」
「御免なさい、弱気な事を言っては行けないわね。みんなを巻き込んだのは私なのに。私達は世界の主に戦いを挑んでいるのだから、これ位の妨害はあってしかるべきなのだわ。私もまだまだ覚悟が足りなかったのね」
 マリアは淡く笑むと、雷の杖を握り締めた。黄昏が、銀の髪を黄金に染め上げていた。「……どんなに臆病風に吹かれても、もう引き下がる事は出来ないのだわ。引き下がったところで、神は私達を許しはしないでしょう。だから、戦うしかないのよ。戦うしか、私達の生き延びる道はないのだわ。勝利か死か、二つの道しかないのだわ。私達には――――」
*コメント
 DQi書き始めの当時から準備していたテキスト。何故勇者達は堕ちたのか、というお話し。まとまりを考えずに書いていたので、今でもオチがあるのかと言われるとなんか微妙な短編です。というわけでどきどきしながら感想をお待ちしております(マテマテ)。
 タイトルはとても困ったのですが、何となく哲学用語から。全ての始まり→起点→自己原因だっけ。→それはカウサ・スイだ→そういえば第一原因なる言葉があったな という連想ゲーム。下らなくて御免なさい。アリストテレスとはまっ・たく・関・係・ない!

※2006/01/07追記:微妙に何か変だったので後半一部加筆修正しました。
DQi目次へバシルーラ!