閉鎖〜insane doll〜

 『ああ、あなた、薔薇の花の藪にうっかり触れた者が、自分を刺した薔薇はこの薔薇だとはっきり言えたものでしょうか?』

 如何なる刺が私達を刺し貫き、決して消えぬ疵痕を残したのかは解りません。解りませんが、道ならぬ恋には逃れられぬ宿命であったとだけは申し上げても差し支えないものと思います。

 あれは……命の萌芽が最も力強く、萌黄と紅蓮が最も生き生きと光り輝いていた季節。
 私がムーンブルク城に赴任して、半月になりましょうか。同輩の一人が庭園を観に行ったかと私に尋ねるのでした。ベルニスという名のその同輩は、頭の回転も速く人の心を掴むのが巧いというので城に送り込まれる学僧の一人に選ばれたのですが、どちらかというと享楽的な節があって、学問にも任務にもさほど熱心とは申せませんでした。
 今日人々に邪教と呼ばれ世界を震撼させている私達の教団も当時は影も形も無く、人心の乱れに乗じて勢力を拡大しつつあるとはいえ彼らを纏め上げる政治的・精神的支柱を持ってはおりませんでした。当時の私は人の言う邪教徒の一派に属しておりましたが、平信徒でなかったとはいえ一介の神官に過ぎなかったのです。私はムーンブルク側の動向を探る間者として身分を偽り、数名の仲間と友に学僧としてムーンブルク城に派遣されておりました。
 当時のムーンブルク城は当代一の美城と謳われ、優美な造りの尖塔と洗練された外観とで世に知られておりました。ムーンブルクはロト三王家の中でも最も豊かな自然と水、温暖な気候に恵まれ、気候の厳しいローレシアやこれと言った鉱物資源を持たず雨も少ないサマルトリアに比べて、いち早く新興国であるロト三国の中で力を付けて来たのでした。当時の王は材木の輸出で得た豊かな財をを惜しみなく注ぎ込み、この世で最も壮麗な城を持つ国として己の権能を知らしめたのです。
 ムーンブルク城の美しさをしかし、当時の技術の粋を集めた建築のみにて語るは些か片手落ちと申せましょう。城の庭園は広大さ、美しさいずれにおいても国一番、否世界一と名高き薔薇園を備えており、この庭園がムーンブルク城の美しさを語る者の口に上らぬ事は決してありませんでした。
 庭園は又、当世一の美人と誉れも高きムーンブルク王妃の忘れ形見にして、王妃の生き写しとまで謳われた王女アイリンの最もお気に入りの場所でもありまして、城内なら誰もが、王女が散歩中の時間、庭園への立ち入りは一切まかりならぬと決められているのを知っておりました。とはいえ城に赴任してより半月も経たぬ身、もとよりそんな余裕はありませんでしたが、ゆとりがあったとしても庭園を見て歩く様な浮ついた気持ちにはなれませんでした。―――庭園の薔薇の美しさが先住民の迫害と圧政の上に花開いているのだという想いが、私を躊躇わせていたのです。
 とはいえこのやや享楽的な同胞に私の想いを述べたとて、薔薇に罪は無いではないかと笑われるのが関の山。私はいいえ結構です、暇になったらその内、と軽くいなしておくつもりでおりました。
 しかし私は直ぐさま、ベルニスに手を引かれて薔薇園を彷徨う羽目になったのです。暇など作ろうとしなければ一生出来ぬ、息抜きと思えよ。外がこんなに良い天気なのに、散歩をしてはならぬという法はあるまい、と言われては逆らえもせず、私は薔薇園の中に足を踏み入れ、そしてほんの一時目を離した隙に、同僚とはぐれてしまったのです。
 薔薇園は迷路の様相を呈しておりました。城内から見渡す限りに於いては整然たる園内も、背の高い繁みや囲い、アーチを組み合わせた線対称の作りも、中に迷い込む者に親切な造りとは申せませんでした。人工的な豪奢の粋を集めた噴水や、見事な大理石の彫像も、簡素を好む私の趣味にはそぐわぬ物でしたし、噎せ返る濃密な薔薇の薫りも、その過剰故に私を却って遠ざけるのでした。私は一刻も早く抜け出したかったのですが、歩けば歩くほど、同じ処を行き来しているだけではないかという焦燥感に囚われて行くばかりでした。
 三つ目のアーチを潜って、背の高い植え込みの間を縫う様に歩いておりますと、向こうの植え込みが微かに動くのが解ります。先程から人の姿を見なかったので、私はてっきり植え込みの向こうにいるのはベルニスに違いないと踏んで、私を置いていった同胞を脅かしてやろうと、音を立てずに忍び寄り、中を覗き込みました。
 其処にいたのが同胞だったらどんなにか私は安堵したでしょう! しかし、其処にあったのは禁忌でした。
 禁忌の名はアイリンと申しました。
 腰までの銀糸、小柄で華奢な体付きからして、一目見てムーンブルク王女その人の姿と知れます。
 本来ならあってはならぬ事です。私は身の破滅を怖れ、私を置いて消え失せた同胞を恨む気持ちになっておりました。余程焦っていたのでしょう、今となっては笑い話ですが、ベルニスは私を陥れる為に此処に連れてきたのではないかとさえ疑う始末でした。王女は植え込みの影に腰掛け、スカートの裾を捲り上げておりました。足首にはドロワーズの襞が蟠り、足下には歩き疲れたのか、ショートブーツが脱ぎ捨てられております。
 見なかった事にしよう、今なら、気付かれずに済む。
 しかし、裾が腿までまくれ上がって行く様から目を離す事は出来ませんでした。王女は内腿を包み込む様に指を這わせており、人差し指のみが何やら小さく蠢いておりました。やがて右手が中へと潜り込んで参りますと、腿をつかむ手がずれて親指が下着をひっかけ、腿へとずらして行くのでした。年の割に大人びた、覆うところとて殆ど無い下着が膝下まで落ちると、王女は指を動かすのを止めぬ侭膝を開きました。女の秘め所を目の当たりにしたのは、生まれて初めての事でした。
 しかし私には、桃色の涎を垂らしたいやらしい肉塊が、何故肉の欲望を惹き付けるのか解りませんでした。私には醜い肉の襞にしか見えなかったのです。王女の淫ら事は、幾多の民の血を吸った呪われし王朝の頽廃の城には相応しい光景だとさえ思いました。王女はそんな私の侮蔑になど気付かぬ侭、懐から棒状のものを取り出しました。
 長さは手首から肘ほどでしょうか。さほど太くはありません。先端には良く磨かれた貴石が嵌め込まれ、精緻な細工が施された棒は魔法の杖と思われます。王女が杖の先端に唇を触れさせると、杖は微かに振動し、光を放ちます。桜桃色の唇から桃色の舌が伸びて絡み付き、淫らに蠢きました。杖の先端が、黄昏に照り映えます。王女は杖を桃色の肉に宛い、中へと沈めて行きました。
 これ以上、此処にいてはいけない。
 私はその場を急いで離れようとしました。しかし私は急いていて、明らかに先程までの慎重さを欠いていました。裾を刺に取られ、私は盛大に繁みを揺らしてしまいました。
「誰?!」
 私は答えずに、逃げようと致しました。
 しかし私が逃げるより速く、王女は私に呪縛を掛けたのです。薔薇の蔓が何処からともなく足に絡み付き、私は派手に転んでしまいました。
「出てきなさい。お前が誰か知らないけれど」繁みの向こうから声が聞こえて来ました。「もし逃げたら、大声で叫んで助けを求めてやるわ。お前に悪戯されたと言うわよ」
 王女の脅しは、呪縛となって私を絡め取りました。王女の言葉が意味するところは身の破滅だと解り切っておりましたので、私にはどうあっても王女の命を拒む事は出来かねたのです。しかし私は反論を試みました。
「姿も見えぬのに、どうやって私だと解るのですか。貴女が叫んでも、兵士が気付くには時がありましょう」
「服を調べさせれば解るわ。泥が付いていて、薔薇の刺の引っ掻き傷があるはずだわ」
 私は王女の知恵に兜を脱ぎ、王女の前に進み出ました。
 改めて、私は王女の姿を間近で見ました。
 肩を覆う銀髪は母譲り、でしょうか。儚げで華奢な輪郭とは裏腹に、凛とした深い色味を帯びる藍玉の双眸は芯の強さを伺わせます。その藍玉も、一旦伏せられるや得も言われぬ憂いを帯びるのでしたが。凍えそうな程の視線の強さと言ったら、世に冷たい炎の住処があるならば、この瞳の内の他には何処にも見出せないでしょう。しかしその高貴な色合いも、周りを彩る長い睫にて和らげられておりました。唇は丸く瑞々しく、小さく慎ましいけれどもぽってりと厚みがあって、清楚そのものの美貌にどこか肉感的な感じを付け加えておりました。
 王女は私に留まる様命じ、先程より態と足を大きく開いて、中断していた慰み事に再び耽り込むのでした。目を伏せる事も出来たでしょうが、王女がそうするのを望んでいないのは明らかでしたし、そこまで禁欲的になれる程強くもありませんでした。―――否、王女の美しく淫らな姿が、私に禁欲を許さなかったのです。先程まで王女に抱いていた嫌悪の情が嘘の様でした。握り締める拳の中に汗が滲みます。強い日差しの所為ではない熱が、滲み出て参ります。
 王女は雛突を擽り乍ら、躯の中に鎮めていた杖を小さく動かしておりました。呼吸が益々切迫し、小ぶりだが柔らかく肉感的な唇から途切れ途切れに洩れる溜め息に、甘酸っぱい呟きとも喘ぎとも付かぬ物が混じり始めたので、王女が昇り詰めたのが傍目にも解りました。倦怠に満ちた息遣い、満足げな溜め息を深く漏らし余韻に浸る様は娼婦の風情すら感じさせ、少女のそれとは到底思われません。王女が胎内に埋めていた杖を取り出しますと遅れて蜜が零れ、腿を伝って地面を汚します。王女は杖を私に見せ付けました。私は顔を背けましたが、それが体面を保つ振りでしかないのは王女に言われるまでもない自明の理でありました。
 王女が笑って杖を放ると、私の躯にずんと重さがのし掛かって参りました。私は王女の奸計に、まんまと引っかかったのです。
 術をかけられて尻餅を付いた私の上に、王女が覆い被さりました。
「お前は動いてはだめ」
 呪詛に縛られていなかったとしても、私は動けなかったでしょう。王女のしなやかな指が、私の上着の釦を一つずつ外して行きました。
 下衣は緩められ、膝下へと追い落とされてしまいました。熱を帯びた私の下肢がさらけ出され、王女は陶然と、私の貧弱な躯を眺めるのでした。隠したい気持ちは山々でしたが、色合いとは裏腹な熱っぽい王女の視線が私にそれを許しません。王女は微笑し、私の強張った一物に手を掛けました。
「初めて、なんでしょう」
 私は息を飲みました。指は別の生き物であるかに絡み付き、肉の衣の中に覆い隠されていた私の欲望を露わにして行きます。王女は裸の私をとくと眺め、顔を寄せて来ました。意味する処に気付いた時には時遅く、私の熱は王女の唇と舌に囚われているのでした。熟れ切らない桜桃の様に艶やかで初々しく慎ましげな唇が貪欲に私を呑み込むので、私は口腔の温もりの心地好さに今にも気をやってしまいそうでした。が、背中の熱が弾けて王女を汚してしまいでもしたら、と余計な罪悪感が私を快楽から遠ざけたがりました。彼女の本性は淫奔そのものでしたが、本性を覆う造形の一つ一つが、純真無垢の輝きでもって私を惑わせるのです。しかしそんな私の想いを裏切って、王女は私に舌の動きを見せ付ける様に舌を絡めて擽りつつ、肉の衣で私を弄ぶのでした。熱心な手の動き舌のそよぎが私を煽り立て、衣擦れがやがて濡れ音を含む様になりますと、躯の熱が益々昂って、私は今にも根を上げそうでした。
「お、お許し、下さい……どうか」
「嫌よ」王女は懇願をすげなく振り払いました。「お前はもう穢れているのよ。私の様にね」
 穢れている。
 王女の言葉は私を打ちのめしました。私は形ばかりの最後の抵抗を、諦めました。王女が立ち上がってスカートを絡げますと、きめ細やかな白い腿が白日の下に晒されました。腿の間は既に淫水でしとど濡れており、先程まで杖を銜え込んでいた桃色の神秘が再び開示されました。
「此処と」王女は己の下肢を順番に指差しました。「此処が、女の快楽の華なのよ。学者先生は罪深い物として女の玉門を憎むけれども、お前も私も、道学先生も皆、此処から産まれたの」
 王女は私の頭の上に跨り、命の源に敬意を表して接吻する事を要求しました。何故この巨怪な肉襞が私を惹き付けて止まないのは判りませんでしたが、私は命ぜられるが侭に王女の蜜に潤う女の部分を貪りました。雛突に舌が触れますと王女は身を仰け反らせて悦ぶので、私は此処を特に念入りに擽ってやりました。舌を踊らせ貪る程に溢れる蜜に、快楽に震える脚に、私は王女の淫欲の深さを見る想いでした。私の愛撫を味わった王女はやがて腰をずらすと、腹の上で剥き出しの侭熱を堪える私の昂りを握り締め、腰の方へと引き寄せました。
「い、いけません……」
「いいのよ」
 王女の応えは曖昧な微笑みでした。私の躯は、玉門に呑み込まれておりました。
 王女の唇から、再び艶やかな喘ぎが洩れました。王女の中で私は翻弄され、揺さぶられる度快楽の衝動で腰が揺れましたが、それでもどう身体を動かしていいやらも解らぬ有様でした。唯、躯の熱が王女の中に集まり、吸われているのが解るばかりです。王女は私をぴったり包み込み、銜え込んで離す気など微塵もありません。肉が肉を掻き混ぜる淫らな音を零して私を煽り立て、腰を持ち上げて二人の繋がりを見せ付けるのでした。王女の手が肩に掛かり、私は組み伏せられ、為すがままにされておりました。罪とは何と甘美な味わいなのでしょう! 罪の魔力を前にしては、貞潔の誓いなど塵芥に等しい物と思い知らされ、偉大な愉悦の前に、私は敗北を認め、貪り貪られるが侭、堕ちるが侭に堕ちていったのです。
 形良い唇から淫らな言葉が途切れなく、囁く様に溢れ出ました。王女は殊の外、私の貧弱な躯をお気に召した模様でした。否、私自身が、と言うよりは私の立場が、学僧という貞潔を旨とする者が快楽に難無く堕ちていく様が言い様のない刺激を与えていたのかもしれません。王女の貪欲さは驚くばかりでしたが、驚くべき事に、彼女はこの若さで肉の快楽を味わい尽くし、また快楽を与える術に知悉しておりました。腰の使い方、息遣い、指使い。何時しか私の上半身ははだけられ、彼女の手で快楽への扉を開かれておりました。高潮の予感が早くも打ち寄せ、私は肉の感覚に全てを委ねました。
「あ、ッ……」
 熱が弾けて、嬌声と共に溢れ出しました。王女は尚も腰を押し付け、私を貪っておりました。
 私は一義を終えて身も心もくたくたでした。王女は尚貪り足りぬ様でしたが、影の傾きが深まるのを見て取り、気怠げに腰を上げました。
「酷い人だ」私は繰り返しました。「酷い人だ」
「ええ、そうよ」王女は艶然と笑むのでした。「でも、お前がが悪いの。知っているでしょう、私が庭園に居る間は、何人たりとも立ち入りを禁じられている事」
 私は頷かざるを得ませんでした。
「素直なのね。私よりずっと年上だと思っていたけれど、若いの?」
「私の種としては」
「そうなの」王女は心此処に非ずと言った風情でした。未だ肉体の余韻を味わっていたのでしょう。「人間以外の生き物としてみたいとかねがね思っていたけれど、想像よりずっと良かったわ。次は三日後、今日より半時ほど早めに、庭園の倉庫にいらっしゃい。遅れてはだめよ」
「え……」
「お前の方が初心そうだったから」惚けた侭、己の身繕いも侭ならぬ私を余所に、王女は立ち上がって衣服に付いた土を払い除けておりました。「侍女に声を掛けさせたの。お前を此処に連れてくる様にとね」

 約束の三日後までの間がどれだけ長く感じられたか、皆様方には到底解りますまい。貞節の誓いを破り、敵方の王女と密通した罪に私は顔から火が出る想いでした。王女と再び三日後に会うのだと思うと、私は城から裸足で逃げ出したい気持ちで一杯でした。とはいえ私の双肩には任務が重くのし掛かっており、責任を放棄して逃げ出す気にはどうしてもなれませず、さりとてこの想いを誰かに打ち明けるも侭ならず、私は独り悶々と日々を過ごしておりました。夜床に就けば就いたで王女の冷ややかな双眸や淫らな舌使いを思い出し、私は知らぬ間に体が熱くなるのを堪えて眠れぬ日々を過ごしておりました。
 結局、私は倉庫の中で王女を待っていたのでした。愚かにも程があります。王女にとって私など一時の慰みに過ぎませんし、彼女を欲情させているのが私の立場、私の血である事も、王女の口から既に宣告されておりました。心躍らされる気分とは到底申せませんでした。仲間への裏切り、王家の圧政に虐げられる先住民への裏切り、何より、神への裏切り。陰鬱な気持ちに突き動かされ、私は佇んでおりました。からっとした、しかし日差しの強い暑い日でした。
 約束の時間より四半時程遅れて王女が現れました。王女は扉を閉めて閂を掛け、私達は相対しました。隙間から洩れる微かな光に目を凝らし、私達は改めて、互いを見つめ合いました。
 私は王女を問いつめるつもりでした。私を肉の慰み物にして、嘲笑うおつもりで呼び出したのですね、と。
 私が何か言う前に、花の様な唇が開かれました。
「種族が違ってもお前達僧侶というのは皆同じ顔をするのね。顔から侮蔑が滲み出ているわ。私は淫奔な女よ。それの何が悪いの?」
 私はあっけに取られ、言葉を失いました。
「教えてあげるわ。私、十になるからならないかの頃、此処で、庭師に悪戯されたの」
 藍玉が、目に眩しくて直視出来ませんでした。彼女はいつも、真っ直ぐに人の目を見つめ返すのでした。
「悪戯したのが見付かって、庭師は処刑され私が庭を歩く時には誰もが庭への立ち入りを禁じられたわ。娘が傷物にされたのを言い触らす親はいないから、表向きはもっと他の罪名を付けられたわ。庭師が処刑された理由を知っているのはごく一部の者だけだけれど、庭師が私の魂の中に植え付けられた淫欲の芽は、決して消える事は無かったわ」
 王女の唇は固く引き結ばれました。俯いた貌は苦悩に縁取られておりました。
「私は男に犯される幻影に苦しみ、欲情に悩んだわ。そしてある日、私は告解する道を選んだのよ。告解を受けたのはムーンブルクで最も名高い神学博士の一人だったわ。彼、何と言ったと思う?」
 王女の双眸は怒りに燃えておりました。王女が私を選んだ理由は、復讐の為だったのだと私は覚りました。
「庭師を誘惑した私が悪い、と言ったのよ? 年端も行かない様な子供がどうやって男を誘惑するというの? けれど司祭は言ってのけたのよ。女の存在自体が淫蕩であり、誘惑であり、罪なのです、とね」
 王女は口を噤み、怒りを改めて噛み締めている様でした。外で小鳥が鳴く声の他には、何も聞こえませんでした。
「私は復讐してやったわ。私に被せた罪の汚名をその侭そっくり返上する形でね。ミサの後、態と居残って司祭を呼び出し、私は司祭を誘惑したわ。司祭は拒んだけれど、私は魔法で司祭を昏倒させ、組み伏せてやったわ。立派な学者先生がどんな風に女とするか興味があったものだから、服を引き剥がして散々愛撫した後に気付け薬を嗅がせたの。朦朧としている司祭の前で、私は服を脱いで躯を押し付けてやったわ。欲望は悪だと散々お説教を垂れた癖に、司祭は直ぐに欲情して、祭壇の上で私をお楽しみになったという訳。直ぐにばれて、司祭は破門された上首を撥ねられたけれど」
「……何故、そんな話を、私にするのですか」
「どうしてかしら」王女の手が私の胸の上に乗りました。掌の温もりが私を煽り立て、心音が高鳴ります。「この世にお前達僧侶程卑しい生き物はいないわ。皆綺麗事ばかり言うけれど、僧服の下は同じ男、手を出す代わりに淫らな目で女を犯しておきながら、己の欲情を女の所為にしているのだわ」
 王女の手が、私の胸を突き飛ばしました。私は机の上に倒され、王女は私を押さえ付けると、僧服を毟る様にはだけさせました。私は王女に触れようと致しましたが、王女は私の手を払い除け、触れてはならぬと厳命致しました。私は為す術もなく下衣を引きずり降ろされ、己の貧弱な身体を晒しました。
 王女は懐から小瓶を取り出して蓋を開け、私の躯に液体を零しました。液体はぬめり気があって透明で、王女の掌の動きに沿って隅々まで行き渡るのでした。貧弱な肋や薄い胸板、申し訳程度に備わった小さな乳房を擽り、腹を滑り降りて腿を伝います。内腿を撫で上げられて行く内、躯中に蟠る熱は膨れ上がり渦巻いて、背裏に集まっては頻りに私の肉体を灼くのです。王女は決して私の芯には触れませんでした。指の股を擽り、脹ら脛から腿をなぞり上げ、足の付け根を擽って、膨らみを揉み解します。全てを見られ、焦らされ、弄ばれる羞恥の念はしかし、やがて快楽によって屈服を余儀なくされ、寧ろ恥辱が私の快楽を高めている事をやがて、私は知る様になりました。王女の柔らかい手がぬるとした感触に覆われて、私の躯を蹂躙して行きますと、息が弾み、脈動が強まり、感覚は益々鋭くなるばかりです。
「も、もう、お、お許し下さい……ぉ、お……!」
 王女の指は先程から、私の躯のあらゆる部分を責め立てておりました。その指が足を割って奥深くに侵入し、私の蕾に潜り込んだのです。うら若い少女が、肉体の快楽にここまで習熟している事には内心驚きを隠せませんでした。二本の指が交互に潜り込み、いやらしい音を立てながら中をくじるのです。王女は此処で初めて身を乗り出し、私の腹の上で脈打って、涎を垂らしていた雄に舌を触れさせました。私は死なんばかりの悦びに身悶えしておりました。快楽の余りに下肢が震え、腰が浮いてしまいます。熱の持って行き場を持たぬ侭、私はテーブルの上で藻掻きながら、引き延ばされている快楽を与えられているが侭に受け入れるしかありませんでした。
 王女の指は益々奥へと入り込み、躯の中心、私の微妙な快楽の中心へと伸びて、それを優しく引っ掻きました。王女は私の一物を括れまで剥き出しにすると舌で擽り、薔薇色の唇で啄みます。辱めを受ける快楽など嘗ては夢想だにしませんでしたが、今の私は淫欲の糸に絡め取られた無力な贄となっておりました。この辱めから解放して貰おうと私は何度も哀訴しましたが、無駄でした。
 とうとう堪えきれず、私は薔薇色の唇を犯したのです。辺りに散る白濁が勢い良く、唇を、顎を、頬を、王女の胸元を汚しました。
 蕾を開く指が抜き取られ、私は疲労と開放感とにぐったりとしておりました。終わった、と思いました。胸を上下させ、荒い息を零し、私はぼんやりと、王女が唇を舌で拭うのを見つめておりました。肌は汗ばみ、微かな雄の匂いが鼻腔を擽りました。
 私が身を起こそうとすると、王女は私に杖を突き付けました。王女の胎内を犯した、あの杖に間違いありませんでした。
「これで終わりだとでも思って?」
「え……」石のひんやりした感触が、躯を這い降りて行きました。杖に理力を注ぎ込みますと、杖は微かに震えます。石が胸に、腹に、力を失った雄に押し当てられ、私は再び、躯の中心に熱が産まれるのを感じました。言い様の無い刺激が私の肉欲を再び鼓舞します。王女は一旦杖を引き、杖の先端に口付けました。薔薇色の唇に、薔薇色の石。舌がちらと覗き、唇が離れると石は艶やかに濡れておりました。
 石の先端が、足の付け根を辿り降りて行きます。会陰を擽り、裏門に触れました。
「な、何を……そ……ぁっ」
 冷たい感触から、杖の侵入が感ぜられました。杖が小さく動いて、微妙な快楽の中心を探しております。私は目を伏せ、堪えようと致しましたが言うまでもなく無駄な抵抗で、振動が触れるや否や、思わず腰が跳ね上がってしまいました。自分の声とは思えぬ様な小さな叫びが洩れて、私は自分に驚きました。
 そんな私を見下ろす王女の視線には、有り余る程の侮蔑が溢れておりました。王女はスカートを脱いで辺りに引っ掛けると靴とドロワーズを脱ぎ捨て、シュミーズと絹靴下だけになっておりました。王女は私の上に跨ると、シュミーズも脱ぎ捨て、レースをふんだんにあしらったブラジャーとショーツを剥ぎ取って、眩しい裸身を惜しげもなく晒しました。嗚呼、私は『正教徒』達の意見には決して与しませんが、確かに口当たりの良い悪徳という物はあるものです! 自然の造化の見事さに、私は感嘆を漏らしました。
 その肉体には大袈裟な所や不調和が一つもありませんでした。小ぶりだが、形の良い胸。その上で密やかに息づく、此又小さな、薄紅色の乳房。格好の良い、引き締まった臀の切れ込み。細く華奢なのに肉付きは悪くなく、過剰を拒み魅力を損なわぬ侭極限まで磨かれたそれは、美への挑戦とでも言うべき物でした。小丘の上では薄い繁みが憩うており、奥底で眠る淫楽の神を覆い隠す帳の役割を果たしておりました。王女の指が帳を掻き分けますと、中には薄紅色の肉が、淫楽の住処が現れまして、白い指は早速薄紅色の中で踊るのでした。その様は何とも淫らな風情で、王女は早くも躯を熱くしている様でした。片方の指は乳首を弄び、薄く開いた口からは喘ぎ混じりに乱れた呼気が行き交っておりました。
 我慢ならなくなったのでしょう、王女はついに私の熱を帯びた昂りから肉の皮を引きずり降ろし、無造作に己の内へと収めました。快楽の溜め息が零れ、肉体がよじれて身悶え致します。王女は腰を下ろして結合を深め、根元まで私を呑み込むと、やがて腰を前後に揺らし始めるのでした。私は同時に二箇所を責められ、もうこれ以上は無いと言う程張り詰めておりました。王女の動きに合わせて私の躯も少しずつ快楽の波を掴み始めておりまして、恐る恐るではありますが腰を動かしておりました。王女の肌からは汗がしたたり落ち、首筋を、胸元を反射光が、汗で張り付いた髪が彩っております。初めて、王女の肌に触れたいという欲望が沸き上がって参りましたが、命令に逆らってまで欲望を満たす気にはなりませんでした。保身故か、別の理由があったのかは解りません。私は肉の感覚に全てを委ね、王女の神殿に捧げ物をする事で満足しようと勤めました。私を包む肉襞が脈打ち、徐々に締め付けられて行き、私は王女の高潮が近付いているのを感じ取っておりました。王女だけでなく私も又追い詰められており、一刻も早く埒を開けてしまいたかったので、王女の腰が浮いた瞬間を狙い腰を思い切って突き上げたのです。
 甘く微かな嬌声が零れ落ちました。
 肉を割って行く絶妙な快楽に包まれ、私はたまらず埒を開けました。全身の愉悦がどくどくと、肉を通じて溢れて参ります。私達は身じろぎ一つせず、肉の余韻に浸っておりました。
 先に動いたのは王女でした。繋がりが解けると花弁から淫水がしたたり落ち、内腿を汚して行きました。私はぼんやりとその様子を見ておりましたが、はっと気付いて躯を起こしました。
「お、王女殿下……貴女は、貴女は……」
「なあに?」王女は小さく首を傾げましたが、その姿が何とも言えぬ少女らしい可愛らしさを湛えていたので、私は余計罪の意識を掻き立てられるのでした。
「とんでもない事をしてしまいましたね」
「はっきり仰いな」王女は再び膝を付いて身を乗り出したので、王女の魅惑的な肉体が間近に迫って、私はどぎまぎしてしまいました。
「あ、貴女が肉欲を貪るのは勝手です。好きにすれば良い。し、しかし……」
「しかし、何?」
「殿下は一国の王女、しかも、第一位の王位継承者です……も、もし、私などのややこを宿しでもしたら、一体、どう申し開きなさるおつもりなのですか」
 王女の頬から、淫蕩の気配がふっと失せました。青い瞳が伏せられ、かんばせは憂いを湛えておりました。王女は顔を上げると「構わないわ」とそっけなくいらえました。
「でも、お前の子なら孕んでも良いわ」
 王女は身を乗り出しました。私の薄い胸に、王女の微かな膨らみが触れます。華奢に見えた躯は柔らかく、汗ばんだ肌は吸い付く様でした。王女は私の顔に手を触れ、私の口を塞ぎました。王女の舌が絡み付き、私は夢中で彼女の舌を吸いました。唇が離れると、王女は私の、遅れて自分の唇を拭いました。
「お前の名は」
「私はハーゴンと申します」
「……そう」
 王女の躯が離れて行きました。王女は髪を上げ、下着を身に着けようとしておりましたので、私は己の身支度もそこそこに、躯に触れないように気遣いながら身繕いに手を貸してやり、髪を整え怖々梳ってやりました。胸に付いた染みが目立つのではないかと心配しましたが、王女は部屋に戻ったらイヴニングドレスに着替えるから構わない、とさして気にした風も見せませんでした。身支度を整えた王女は帰り際、私に向かって
「次の日曜、ミサが終わったら教会の鐘突堂の上でね」
 と言い残し、私の返事を待たずに扉を閉めました。

 日曜のミサは退屈そのものでした。
 正教の司祭の説教はお定まりの退屈な物で説得力の欠片も無く、よくぞこれで人心を繋ぎ止められるものだと呆れを通り越して感心すら覚えます。この教会に来る信徒達は皆信心など形だけで結構、名の通った学者なら箔が付く、程度にしか思っていないのでしょう、後ろの席の御婦人など、ヴェイルの下で欠伸を漏らしているのが仄見えて、私は真面目な顔を作りながら内心、彼らへの侮蔑を密かに温めておりました。
 教会の中は豪奢そのものと申し上げて差し支えないものと思います。綺羅綺羅しく飾り立てられた祭壇や壁龕に奉られた彫刻、ステンドグラスは神々の憩いの場としてというよりは寧ろ、此を建てた物の権能を見せびらかさんが為だけに造られたと申し上げて差し支えないかと存じます。神を迎え入れるには些か下品に過ぎる建築物が如何ほどの血涙に依って支えられてきたかを想う時、私は益々己の使命を全うせねばならぬと意志を強くするのでした。とはいえ、私はミサの後、自らの手で固めた意志に後足で砂をかける事になっておりましたが。
 ミサが終わり、私は同輩達と若干の打ち合わせを終えた後、誓った側から意志を曲げている己に苦笑しつつもいそいそと鐘突道へ向かっておりました。誰かに気付かれていないかという不安よりも、その先に待つ物が私を急かしておりました。鐘突道に登ると王女は既に待っておりまして、階段を駆け上がって息を切らしている私を横目に鐘突道の外を指差しました。見れば王が、馬を駆り、臣下を連れて狩りに出かける処でありました。
「父上は、月に一度の日曜には必ず狩りに出かけるの」
「その間に、私の肉体をお楽しみになる、と」
「そのつもりだったのだけれど」王女はやや不貞腐れた様に顎をしゃくりました。そんな仕草は年相応らしくて可愛らしいのに、この少女の中に激しい淫蕩が眠っているとは、二度も契ったというのに未だに信じ難い事でした。王女はそんな私の想いを余所に、スカートの端を絡げてみせました。今日はスカートの下にドロワーズを履いておりませんでしたが、薄いシュミーズの下には、如何にも無骨な鉄の戒め―――貞操帯がしっかと着けられておりました。
「父上が此を着けたのよ。父が長く城を留守にする時には、私が他の男に悪戯されない様に」
「……?」
 まさか―――。
「だから今日は、お前にお楽しみを授けてあげる事は出来かねるのよ」王女はスカートを絡げたまま事も無げに申しました。
 私は王女の手を取りました。「もう、良いのです」
「良いって」
「これ以上、自分自身を傷付けては行けない。もっと、自分を労って……」
「どうやって、大切にすればいいと言うの?!」
 堂内に平手打ちが小気味よく響きました。彼女の言う通りです。彼女程己を蹂躙されて来た人はいませんでした。王女は、私に縋って泣いておりました。
「解らない、解らないのよ……」
 私は縋る王女の肩を抱き締めました。王女は小鳩の様に私の胸の中で肩を震わせておりました。

 王女の話に依れば、父王との関係は件の悪戯事件にまで遡ります。
 悪戯事件は内々に処理され、別の罪名を被せられた庭師は首を撥ねられ、表向きは常の日々を取り戻したかに思われました。しかし……。  
 或る夜の事でした。眠れぬ夜を過ごす王女は寝所を抜け出し、父王の下へと赴きました。王はまだ眠ってはおりませんでした。王女の姿を認めた王は王女を部屋へ招き入れましたが、話をしている内に王の様子がいつもと違っているのに気付いたと言います。訝しんだ王女が父王に近付くと、父王は母の名を呼びながら、王女を寝台に引きずり込んだのです。王女は抵抗しましたが、王女にかじり付き乍ら何故己を拒むのかと涙ながらに問う父の姿に、抗うのを止めて身を任せたのです。
 父王との秘密の関係が始まってから、王女は三日と空けずに夜伽を命ぜられる様になっておりました。まだ女になり切らぬ躯を、王は自分好みに仕立て上げようと様々な手練手管を尽くしました。伽の相手をする様になってから、王女は初めて、王が色の道に於いて相当な道楽者である事を思い知らされたのです。その上王は嫉妬深く、王女に虫が付かぬ様にと様々な手段を講じて王女を囲っておりました。そんな閉塞感から王女は臣下に食指を動かし、つまみ食いを繰り返しては充たされぬ己を持て余しているのでした。大抵の者は一度契れば王女の貪欲さと罰とに恐れを為して逐電し、さもなくば調子に乗って王女を弄ぼうと企てて王女の復讐に遭うのでした。
「お前は優しいのね」王女は私の胸に頭を持たせかけておりました。「けれどお前の優しさは、私を苦しめるのだわ」
「己の至らなさにはいつも歯噛みするばかりです」私は王女の額に接吻を落としました。髪は柔らかい、薔薇の良い匂いが致します。「私には何もして差し上げられません。私は無力です」
「いいのよ。私は籠の中の鳥だから。鳥は籠の外に出たら生きては行けないの」
 そんな事は無い。
 喉まで出かかった言葉を呑み込みました。籠の中から出た鳥が生きて行くには、鳥たる事を止めねばならぬのです。私には唯、王女の髪を撫ぜてやる位しか出来ませんでした。
「抱いて」王女の蒼い目が、私を捉えて揺すぶりました。「お願い、抱いて―――」
 しかし王女の双眸は、再び闇へと沈みました。銀糸が肩の上で悲しげに揺れております。「馬鹿ね、私。今日は駄目なのだわ。こんな物を着けられて」
「殿下……」
 王女のスカートの中に手を入れますと、王女の腿に触れ、撫ぜ上げて参ります。王女は戸惑っておりましたが、拒んだ風は見せませんでしたので、私は貞操帯に指を触れさせました。
「アバカム」
 王女の足から、枷が外れて落ちました。拾い上げると、前には小さな、後ろには大きな張り型が、自然の摂理に逆らって埋め込まれておりました。私は王の道楽振りに驚きましたが、王女はもっと驚いていた様で、帯を拾い上げ、改めて私の顔を見るのでした。
「驚きだわ。学僧なんて皆頭でっかちで実践はてんでお手上げだとばかり」
「何事にも例外はあるのですよ」私は微笑み返しました。王女は私の首っ玉にかじり付いて、何度も私の頬に接吻するのでした。こんな所は全く子供そのものなのに、王国の運命と忌まわしい欲望の支配とに耐えているのだと思うと、彼女の振る舞いの何もかもが痛々しく感じられました。私は王女の膝裏に手を回し、躯を床にそっと横たえました。
「王女殿下」
「なあに」
「今日は殿下の躯に触れる事をお許し下さいますでしょうか」
 王女は笑って、私の鼻頭を軽く押しました。「ふふ、お前は本当に生臭なのね」
「貴女がそうなさったのです」
「あら酷い。お前も散々楽しんだのでしょう。……宜しい、では私もお前に命ずるわ」
「御意の侭に」
「もう、殿下と呼ばないで」
 私はふと、真顔に戻りました。そして、真冬の海よりも深く寂しげな、王女の瞳を覗き込みました。
「殿下……否、アイリン様、貴女の寵は、私如きには余りに不相応です」
「私が、淫奔だから?」
「いいえ、いいえ違います。肉体はこんなに近しくとも、私達の間には、余りにも深い断絶が十重二十重に取り巻いているのです。肉がどんなに深く交わっても、決して超えられぬ溝が」
「今だけで良いの。だから、今は全てを忘れて。私を、遠ざけないで。お願いだから、お願いだから」
 王女の瞳が見る見る涙で溢れ返りました。例え敵同士でも、彼女を見捨てる事は出来かねました。
「アイリン……」
 王女は何か言いかけましたが、王女の口を塞いでやると、彼女は大人しくなりました。ほんの触れさせるだけの口付けでした。散々味わった筈の王女の唇が、斯くも初々しく柔らかい物だとは。私は思いを新たに致しました。王女は私の首にかじり付き、今度は深々と、これ以上は無い程深く、舌を交わらせました。私は王女の舌を吸いながらスカートをペチコート毎捲り上げ、素裸の王女の肌に触れました。王女はくぐもった声を漏らし、腰を揺らし乍ら足を開いて行くのでした。
 深い、深い口付けは何度も交わされ、舌が幾度も飽く事無く絡み合いました。舌に飽いても尚唇だけを何度も啄み、私は王女の手が導く侭に肩をはだけさせます。簡素なドレスは肩口が釦で外せる造りになっておりましたので、私はそこから王女の裸身を再び、白日の下に晒したのです。
 王女の躯は倉庫の中で見た物とはまるで別の存在に思われました。 雪花石膏(アラバスター) の如ききめ細かく白い肌。瀑布の如き銀。小さくとも密やかに息づく桃色の乳房。蒼く潤んだ、引き込まれそうな瞳。無垢の色合いを湛えた桜桃色の唇。彼女は天使、淫蕩の天使そのものでした。五月の日差しと彼女の躯に落ちる格子の影が、肌の白さを、美しい銀髪を一層引き立てております。こんなに美しい存在、悲しくも美しい物は、彼岸の存在に違いありませんでした。
 私は王女の首筋に顔を埋めました。薔薇の甘い、官能的な薫りが私を急き立てます。王女の手が私の背中に回され、吐息が耳を擽ります。王女は首筋から這い昇る私の愛撫を受け止めておりましたが、私の大きな耳が吐息に感じ入るのに気付くと、面白がって私の耳に息を吹きかけるので、今度は私が王女の愛撫に根を上げる羽目になりました。仕返しとばかりに唇を再び塞ぎ、私は彼女の衣服をはだけさせながら、肩口から躯を撫ぜ降ろします。
「フフ、ハーゴン。お前本当は私と同類なのね」アイリンは私の耳を軽く引っ張って揺するのでした。「初めて会った時から思ってた。感じ易い躯なのね。初めてだからかと思っていたけれど」
「貴女の御手であれば、何処に触れられるも我が悦びです」
「上手を言っても駄目よ」アイリンは悪戯っぽく笑いました。
「お世辞ではありません」私はアイリンの手を取って、甲に口付けました。「お慕い申し上げております」
 王女の頬を、再び雫が流れ落ちました。

 私はこれ以上幸福な睦み合いを知りません。これからも、知る事は無いでしょう。官能以上の悦びが其処ににはありました。
 触れ合うや否や、私達はたちまち法悦郷へと昇り詰め、恍惚の海にたゆとうておりました。私達は何時までも、限り無くどこまでも互いを包み込み、包まれる快楽に飽く事を知りませんでしたが、一方で、快楽以上の物を愉悦の泉から酌み取ってもいたのです。私達は躯を寄せ合って、互いの呼気を、喘ぎを貪り合っておりました。私は其処から溶けて一つになって仕舞えたらどんなに良いだろうと夢想しましたが、頭の片隅ではどたいそんな事は不可能であろう事を、私達の恋が決して、現世では実らぬ事を承知していたのです。もしも私達の身分が、血統が、宗教が私達の逢瀬を許していたならば、此処まで激しく燃え上がり、互いを求めはしなかったでしょう。
 私達は睦み合いを終えた後も、何時までも固く互いを抱き締め合っておりました。
「ねえ」
「何でしょう」
「本当は、同情からなんでしょう」
 私は王女の額に接吻しました。「だとしても、今は違いますよ」

 私達は時を見付けては密会し、逢瀬を重ねておりました。愛情は勿論の事、禁じられた関係という劇薬が二人の仲に言い様の無い刺激を与えていたのは疑いようのない事実でした。アイリンが私を本当の意味で慕っていてくれたかどうかは定かではありません。が、少なくとも、肉欲の味付けとしてのみ私を欲していたとはどう自惚れを排しても私には信じられないでおりました。寂しさもありましょう。立場上、想いを吐露するに足る信頼を抱ける相手も居なかった事でしょう。
 だとしても、私は彼女を支えてやろうと決意を固めておりました。世界の崩壊が間近に迫る中にあって、叶う限りアイリンと世界の最後の日までを共にあろうと、再び生まれ変わった新たな世界の片隅に互いの憩う場所がある事を信じていたのでした。
 とはいえ、アイリンの淫蕩や、気紛れや、洗練された道楽振りは一向に影を潜めた様子を見せませんで、私はしばしば、彼女の淫楽の犠牲者たる事を余儀なくされました。彼女はこの道に長けた父の精神と想像力を見事に受け継いでおりまして、しばしば私の肉体を痛め付け、又辱める行為に快楽を見出しておりました。私に加えられた汚辱が、初めてや二度目に受けた辱めに負けず劣らぬ物であったと申し上げれば皆様には十分でしょう。躯を傷付けられこそ致しませんでしたが、戒められ、薬を盛られる事もしばしばでした。ある時などは戒められた上に羽根ペンの羽根で躯という躯を愛撫された上、放出する事も叶わぬ侭身悶えする私を尻目に、目の前で一人慰み事に耽る事さえありました。
 一方で、アイリンは王が城を空ける隙を縫っての逢瀬には、決まって私に自らも道楽の犠牲者である徴を見せてくれるのでした。ある時など、胎内に悪魔の尻尾―――あの呪われた道具、魔力に反応して持ち主の意識を掻き乱す秘具が埋められていたのです。私は呪詛を解こうとしましたが、魔法を唱えるや否や悪魔の尻尾は暴れ出し、瞬く間に枝分かれして第二の神殿にも香を焚いてしまいました。玉門を犯された上に裁尾された王女はのたうち回りながら淫らな言葉を吐き散らし、夥しい淫水を零し乍ら気をやってしまいました。呪詛が解けたから良いようなものの、もし知らずに他の魔法でもかけたらどうなっていたかと思うと、私は王の子を子とも思わぬ道楽振りが空恐ろしくてなりませんでした。
 どんなに敵方の王女を愛し、密通していても、私は片時も虐げられた人々の事を忘れた事はありません。とはいえ、任務が疎かになっているのは明らかでした。私は煩悶しておりました。任務を果たす事と王女を愛する事はどうあっても両立は不可能で、私はいずれどちらかを選ぶ必要に迫られていたのです。
 そして、その日は存外早くやって参りました。
 或る蒸し暑い日の事でした。今は薔薇とて無い薔薇園の 四阿(あずまや) の下に、日差しを避けて憩うておりました。私は懐に良く冷やした桃を隠し持っておりましたので、アイリンに桃を剥いて差し出しました。今年の夏は暑く、王女は暑いのは苦手なのよと常から頻りにぼやいておりまして、ここのところ食欲が無い、気分が優れないと事ある毎に零しているのを覚えていたのです。アイリンは椅子にしどけなく腰掛けておりましたが、差し出された桃を見て満面の笑みを湛え、殆ど私から奪い取る様に桃にかぶりつきました。淡い紅色の唇から果汁が溢れて顎を伝い落ちる様は、得も言われぬ官能をそそるのでした。
「美味しい……こんな風に食べたのは初めてだわ」
 アイリンは恍惚然として呟きました。
「いつもは剥いて、切って出されるのでしょう?」
「ええ。こんな風にがっついていたのは内緒よ」アイリンは私にだけ、人懐っこい笑顔を見せる様になっておりました。愛らしい、年頃に相応しい破顔は私だけの宝です。王女は茶目っ気たっぷりに零れた汁を舌で拭うと、大きな桃を貪る様に片付けてしまいました。吐き出した種を手の内に弄び、王女は「ごめんなさい、あんまりお腹が空いていたから全部食べてしまったわ」と言うのでした。
「朝餉は? 昼餉も召し上がったのでは」
 王女はかぶりを振りました。「いいえ、食欲が湧かないの。お腹は空くのに、匂いを嗅ぐと気持ち悪くなってしまうの。食べないと怪しまれるから無理矢理食べるけれど、全部吐いてしまったわ」
「アイリン、それは……もしや」
 訝しがる少女の濡れた手を、私は握り締めました。「ややこが、出来たのでは」
「まさか……でも…………どうしたらいいの、どうしたら……」
 桃の種が、足下に転がりました。アイリンは私に縋り付き、私はアイリンを抱き締めました。薔薇色だった唇は青ざめ、躯は震えておりました。私は努めて平静を装い余裕がある風に振る舞いましたが、内心、こんな日が何時かは来るに違いないと覚悟を決めておりました。どうあっても逃げ続ける訳にはいかなかったので、それが少しばかり早まっただけだと言い聞かせておりました。とはいえ完璧な解答などあろう筈も無く、まだ私は、己の行くべき道を決めかねておりました。
 アイリンが、青ざめた顔を上げました。
「大丈夫よ。少し、取り乱しただけ。ムーンペタの町には中条流の薬を処方する医者がいると聞き及んでいるわ。まだ間に合うと思うの」
 薄々、気付いていたのでしょう。ぎこちない笑みでした。
 私は覚悟を決めておりました。彼女一人に重荷を背負わせる訳には参りません。破綻は端から運命付けられておりましたから、今更、何時どういう形で訪れるかの違いに過ぎません。敵国の王女だからと彼女を見捨てる気にはなれぬ程、私はあまりにも彼女を愛しておりました。唯一人を救えずして、どうして万民を救えましょう?
「今の貴女のお耳に入れるには、些か酷な事を申し上げねばなりません。―――聞いて、下さいますね?」
 アイリンは顔を背けました。しかしこれ以上、口を噤んでいる訳にはいきかねました。
「私は貴女をずっと騙し続けておりました。貴女だけではありません。身分を偽り、学僧の振りをしてはおりますが」
「もう、言わないで、嘘でも何でも良いの!」
 私はやんわり、耳を塞ぐ王女の手を取りました。
「貴女方王家が蔑み、迫害し、滅ぼそうとしている“邪教”の神官なのです」
 私は賭けに失敗したと思いました。アイリンはあの頑なな表情を取り戻していたのです。手は振り解かれ、双眸には冷たい拒絶の光が宿っておりました。「裏切り者、触れないで。汚らわしい」
「そう、言われても詮無い事です」彼女の目に見竦められて、私は顔を背けました。「しかし……」
 激しい痛みが頬に食い込みました。「裏切り者! 裏切り者! 知っていて、知っていて抱いたのね。でしょう!」
「貴女を、愛してしまったのは本当です」私は顔を上げ、アイスブルーの瞳を真っ直ぐに見据えました。「だから、嘘を突き通せませんでした。逃げたくなかったのです。逃げたら、生涯自身を許せないでしょうから」
「騙していてくれれば良かったのに」拒絶の光が、ぶれて、砕けて行きました。「騙して、逃げてくれれば、傷付かないのに」
 そうではない、とどんなにか喉まで出掛かったでしょう。しかし、私は口を閉ざしておりました。
 涙に依ってこれ以上無い程美しくなったアイリンは、不意に私の手を引きました。
「お願い。私の為に、お前の忌まわしい神を捨てて」
「それは、出来かねます」
「何故よ。今までだって言う事を聞いてくれたじゃないの。優しい言葉をかけてはくれたけど、お前だって今までの男と同じよ」
「殿下―――今は敢えて敢えてそう申し上げます、私の恋人としてではなく、ムーンブルクの王位継承者として我が言葉をお聞き下さい。貴女達が邪教と呼び、排斥しようとなさっている邪教とは、邪教徒とは、貴女達の先祖がアレフガルドから移り住んで来る前から、この大地にて生を営んでいた者達なのです。貴女達の先祖は彼らから散々恩恵を被っておきながら、彼らを騙し、唆し、先祖代々の土地を奪い、迫害している。彼らが一体何をしたというのですか。如何なる罪を犯したというのですか。貴女方の信ずる神を信じていなかったからですか。貴女の先祖の功績を知らなかったからですか。我等の信ずる『忌まわしい神』について、何か一片でも真実を知っているというのですか」
「嫌よ、そんなの嫌よ、聞きたくないわ」
 私はアイリンの手を強く掴んで引き寄せました。「一生逃げ続ける気ですか。民の痛みからも、自分自身の痛みからも。貴女は聡明な方ですから、とっくに気付いている筈です。『正教』の欺瞞や王家の腐敗振りに」
「私に、どうしろというの?! 私が全て悪いとでもいうの?」
「落ち着いて」私は随分力を込めて彼女の手を握っていたのに気付き、手を緩めました。「いつかこういう日が来るに違いないと覚悟はしておりました。私は貴女方ロトの王家の立場に組するには、余りに多くの事を知り過ぎています。よしんば私が改宗したとして、私達には身分と種族の壁がある以上どうする事も出来ますまい。…………共に、逃げて下さい」
「そんなの、出来っこ無いわ。無理よ」
「籠の中の鳥は、家禽である事を止めぬ限り籠の中で死ぬしかありません。籠を出ましょう。愛玩用の小鳥である事を止めるのです。貴女は父王の慰みになる為に産まれてきたのではない。一人では無理でも、私がいます。民を見捨てる事は出来ません。出来ませんが、結実を捨てる事も又、出来かねます。―――還俗する、つもりです。贅沢な暮らしは捨てねばなりませんが、慎ましく生きて行ければ、それ以上は望みません」
「私の為に?」
「ええ」
 アイリンは不安げな面持ちで私を見上げました。「私は敵国の王女よ。逃げおおせたとしても、邪教徒達は私達を拒むのではないかしら。それに……」
「いいえ、そうはさせません。貴女が虐げられた民に同情を寄せて下さるなら、彼らもきっと貴女を受け入れてくれるでしょう。邪教徒と一口に言っても、皆信ずる神も教えも違います。我々はばらばらで、結束したくてもどうしたらいいのか皆目見当が付かないのです。……貴女はムーンブルクの民にも慕われています。貴女が私達の味方となってくれたなら、百万の軍勢を得るにも等し」
「やはり、お前も私を利用するつもりだったのね!」
「い、いえ、そんな……決して……」
 王女は私を突き飛ばしました。反論を許す間も与えられず、私は四阿から走り去って行く彼女の後ろ姿を見守っているのでした。
 王女と私とを繋ぐ糸は、それきりふっつり切れてしまいました。

 それから三日後。
 私の下に、一通の手紙が渡されました。封を開けると甘い、薔薇の薫りが立ち上り、直ぐに王女からの手紙と知れました。手紙には優雅な字で、夕食後尖塔の小部屋に来るようにとしたためられております。私は取りも直さず、王女に会いたい一心で塔の小部屋へと赴きました。私達は嘗てこの小部屋で、何度も契りを交わしておりました。
 喜び勇んで扉を開けた私を待っていたのは、アイリンではありませんでした―――アイリンは確かにその場におりました。が、アイリンの傍らにはムーンブルク王が、屈強な衛兵が取り巻いて、私を罠に掛けようと待ち受けていたのです。
「アイリン、こ奴がそなたの浮気相手なのだな」
「はい、父上。このハーゴンなる学僧が、私を誘惑し、弄んだ男で御座いますわ」
 棄てられたのだ、と直感しました。私は直ぐ衛兵達に取り押さえられ、跪かされました。
「学僧として貞潔の誓いを立てた身分でありながら、一国の王女に懸想するとは! 即刻首を撥ねい!」
「父上、お待ち下さいませ」
 アイリンが遮ったので、国王は怪訝な風を見せました。「何じゃ、そなたはこの生臭を庇うのか?」
「いえ」王女は優美な仕草で私に近付き、私の顔に触れるのでした。「昨今、人心は麻の如く乱れ、民に信仰を説く僧の堕落も著しいと聞き及びます。唯首を撥ねてしまうだけでは見せしめになりませんわ。殺さず、生き恥を晒させてやるのが宜しいかと―――そうね、宮刑はどうかしら」
 王はアイリンのおぞましい思い付きを頻りに褒めそやしました。事情を知る私の目には、二人の間には確かに、振る舞いの端々に父と娘以上の何かがあると思わせる所作がありました。殺さず、とアイリンは事も無げに言い放ちましたが、宮刑にはしばしば死が伴うと承知の上で、国王は娘の提案を飲んだに違いないのです。私は衛兵に連れられ、地下室に押し込まれました。地下室には鉄錆の臭いが染み付き、壁には拷問具がとりどりに揃えられておりました。私は台座に縛り付けられて刑の執行を待っておりました。国王は衛兵達を下がらせますと、これ見よがしに王女のペチコートをたくし上げました。
「おお、儂の天使よ、あの生臭にお前の魅力を見せ付けてやりなさい。宮刑にするにはあれの一物をぴんと張り切らせねばならぬ故」
「お父様、承知致しました」
 王女は慇懃な調子で一礼いたしますと、台の上に乗りいそいそと下着を脱ぎ捨てて眩い裸身を露わに致しました。王は私の服を引き剥がして隠し所を露わに致しますと、革の鞭で私の背中や尻を力一杯殴打するのでした。
「アイリン、それではこの男がそなたの美しい躯を愉しめないではないか。足を開きなさい」
 アイリンは恐る恐る足を開きました。すらりとした肢体やおずおずと遠慮がちな様子、二つの足の合間に息づき喘ぐ玉門は、見慣れてはいても思わず気をそそる物がありました。しかし私は宮刑を宣告された身、戒められ、躯を鞭打たれる身では、王女の魅力もさしたる効果を及ぼしません。王はこの様子にいたくご不満の様子で、さんざ私を鞭打った後、王女に自らを慰める様命ずるのでした。王女は嫌がりましたが、王が鞭を振りあげて脅しましたので、王女はしなやかな指を雛突に押し当て、私の方を気にしつつも目を反らし、一人手慰みに耽り始めました。王は満足げに鞭を引きましたが、一向に気が乗ってこない私の様子に業を煮やし、棚から小型の張り型を取り出して参りました。王は王女に張り型を唾で濡らすよう命じますと、王女は恐る恐る作り物の陽物に舌を這わせるのでした。
「ふん、蓮葉娘が。今更羞恥に駆られた振りをしても、そなたの本性は淫売そのものじゃ。どうせ本当の所は、そちの方がこの坊主を誘惑したのであろう」
 王は娘を罵りつつ、私の若気に張り型を押し込みました。苦痛の後に得も言われぬ快楽が押し寄せ、私の一物はたちまち勢いを得て張り切ったのです。王は張り型を動かし、快楽の衝動でのたうつ私の躯に嘲笑を浴びせつつ、根元を固く縛ってしまいました。すると、手慰みを止めた王女が私の前にしなだれかかって参ります。王はほれ見た事か、と娘の淫奔ぶりを嘲笑いました。王女は私の一物を捕まえて薔薇色の唇で親嘴し、これ以上は無いという程張り切らせると愛おしげに接吻を落とすのでした。
「父上、私に、この男の何を、下さいませね」
 どこからか肉切り包丁の様な刃物が運ばれて参りました。王は包丁を取り上げ、欲しければ自らの手で切り落とす様にと王女に申し渡しましたので、王女は肉切り包丁を手に、私の得物に刃を宛いました。刃は見るからに王女の手に余る代物でした。
 私はせめて見苦しくない様、己の運命を受け入れるつもりでありました。来るべき苦痛を耐えるべく意識を平静に保とうと努めましたが、若気を責められてはそうも行かず、快楽に気を取られて思う様には参りませんでした。
「父上、もう張り型を抜いては? 動いては巧く切れませんわ」
 王は賛成しませんでしたが、手を動かすのはやめました。王が離れたのを見て取ったアイリンは、あの柔らかい、淫蕩の女神の愛撫を受けた唇を小さく動かしました。
「お前は、私の、物」
 王女の手に、力が込められました。
 しかしやはり非力な女、年端もいかぬ少女の手で、張り切った一物を切り落とすのは至難の業でした。体重を掛けて無理矢理に切り落とそうとすればするほど私の苦痛は増すばかり。返り血を浴びた王女の凄絶な姿。傍らで苦悶にのたうち回る私を嘲笑う王。苦心惨憺の末、王女は私の得物をとうとう裁ち落としてしまったのです。
 余りの激痛に、私はそのまま意識を失いました。

 目が醒めると、牢獄の中におりました。気怠く、身を起こすのも侭なりませんでした。
 怖々己の傷口を覗くと、薬草で手当された痕がありました。血の量が思ったより少ないので、魔法で血を止めてから薬草で手当てしたのでしょう。手当を受けたとはいえ痛みは一向に引く気配を見せません。あの切り方でしたから、切断面の組織はめちゃめちゃに破壊されているのに違いありませんでした。痛いだけではなく躯は熱っぽく、意識も思考も朦朧としてまとまりを見せません。
 このまま死んでしまうのだろうか、とぼんやり考えておりました。
 遠くから、跫音が聞こえて参ります。獄卒でしょうか。もしや、王の気が変わって、死刑を言い渡す気になったのでしょうか。
 跫音は私の独房前で止みました。
「! ベルニス!」
 鉄扉が開いた先には、同胞の姿がありました。
 ベルニスは私が囚われた事を知り、急いで手を回して私を助けに来てくれたのでした。私はベルニスの肩を借り、無理矢理に躯を動かして牢から抜け出しました。ベルニスが教えてくれた隠し通路を抜け、私達は薔薇園から城の外へと無事逃げおおせたのでした。どうやってベルニスが私の窮状を知ったのか、どうやって牢まで来たのか、隠し通路を何時知ったのか、聞きたい事は山程ありましたが、生憎私は隠れ家に戻るや否や昏倒し、それから丸二ヶ月一歩たりとも床から離れられぬ有様でした。
 痛みに苦しみ乍ら、私は床の中で、私を捨てた王女のその後をぼんやりと想うておりました。

 名城と謳われたムーンブルク城が炎に包まれる最中、私は供を連れて秘かに、アイリンを探しておりました。
 あれから私は教団の名目上の教祖として担ぎ上げられ、分派を統合すべく折衝を行い、人々に説教し、何時しか教団を率いる立場となっておりました。自ら城内を走り回る必要とて無い身分ではありましたが、我々の集団は宗教とは名ばかりの反・ロト王家連合でしたから、指揮系統もバラバラで、名目上の教祖たる私の権能は限られた物でした。民は王家を憎んでおりますから、早めに身柄を確保しておかないと目を離した隙に殺されてしまいかねません。
「こちらにはおりません。部屋も隈無く見て回りましたが……」
「見付からなかったのか」
 は、と悪魔神官の一人が返しました。
「我々の知らぬ隠し通路で城外に逃げているやも知れませんな」
「否、それは無かろう」今は側近の一人となっているベルニスが答えました。「兵には城を取り囲むように指示してある。余程長い地下道でも掘っていない限り、逃げられまい。それより、隠し部屋に閉じこもって様子を探っているやもしれん」
「……城内の事は、聖下の方が御存じとか。思い当たるところは御座いませんか」
 私は暫し考え込んでおりましたが、ふと、王女の顔を思い出しました。
「皆、付いて参れ。―――心当たりがある」

 我々は城のとある奥まった一室の前におりました。この部屋の奥には隠し通路があり、嘗て王女と契る際に幾度かその部屋に閉じ籠もった事があるのです。果たして、私が飾り棚の引き出しを開けて中の隠し扉を横に滑らせますと、奥には人一人がやっと入れる位の通路が続いておりました。
 通路を進んで行きますと。中から、激しく言い争う物音が聞こえて参りました。私達は耳を峙て、中の様子を伺う事に致しました。
「父上、おやめ下さい!」
「おお、アイリン、儂の愛しい娘よ、儂の唯一の神よ。今日に限って、何故そなたは儂を拒むのじゃ? 常なら喜んで、身を任せるというに」
「お父様、お願いです。今はそんな時では御座いません、窓の外を御覧なさいませ、城が燃えております。邪教徒達が城に火を放っているのです」
「ええい、黙れ黙れ!」
 か細い悲鳴は、殴打に掻き消されました。王女の哀訴が洩れ聞こえて参りましたが、王は聞き入れるどころか益々激情し、もはや理性など煙と共にどこかに消え失せてしまった様でした。王女の啜り泣く声が、寝台の軋む音が、扉を一枚隔てても聞こえて参りました。王は己の破滅を知り、気が触れてしまったに違いない、と私は確信しました。
 果たして、扉を打ち破ると、王が寝台の上で王女を手込めにしている真っ最中でした。

 二人は捕らえられ、殆ど捕らえられた当時の格好で中庭に引っ立てられて行きました。中庭には城内の生き残りが集められ、憔悴した様子で黙り込んでおりました。が、王と王女があられない格好で現れたのを一目見るや、人々の間にざわめきが立ち上るのでした。私達はバルコニーから庭の様子を見下ろしておりました。
「静まれい」
 群衆が口を噤んだのを見て取り、悪魔神官の一人が前に進み出ます。
「汝等が王は今此処に捕らえられた。汝等が城を守るべく戦っている合間にも、王は王女を連れて隠し部屋に閉じこもり、挙げ句己が娘に伽をさせるという破廉恥な行為に及んでいたのだ。此が汝等の信仰を捧げし神の遣わした勇者の子孫の正体ぞ! 気付いていながら口を閉ざしていた者もあったのではないか?」
 ざわめきが、憚る事無く広がっていきました。今度は、神官も人々を制する様な真似は致しません。別の神官が前に進み出ます。
「此程までに世界は腐敗し、病んでいる。川魚が一夜にして腹を上にし、蝗や洪水が村を襲う。病は蔓延し、人心は麻の如く乱れている。なのに王家は領土を、権能を拡大し、己が欲を貪るばかりで民の苦しみには耳を向けぬ。気付いている筈だ、世界の終わりは近いと」
「これを見よ。汝等が信仰せし神の子孫達の有様を。今まさに、汝等の神は滅びんとしている。世界は滅びを欲しているのだ。この侭徐々に腐り落ちて、静かに滅んでいくのか。
 否。破壊の神シドーの神託にはこうある。
 世界は七度滅び、そして新たに生まれ変わる。腐敗こそは必然、滅びこそは必然であると。
 生まれ変わる新たな世界の為に、祈りを捧げよと」
「望むなら、我等は汝を同志として暖かく迎え入れよう。もうこの腐敗した世界には沢山だ! 違うか?!」
 一人、二人と群衆が立ち上がりました。最初の一人は、我々が潜り込ませた間者です。人は自ら最初の一歩を踏み出すのに躊躇いを覚える生き物故、新たな信徒を確保する際には、事を見越してさくらを仕込んでおくのです。やがて人々は立ち上がり、他の神官達の手で仲間として迎え入れられるべく戒めを解かれるのでした。
 私が進み出ると、人々の耳目が私に集まるのが感じられました。私は地上を睥睨し、勤めて無関心、無表情を装った風をしておりました。
「志を同じくし、共に闘い、滅びの神に仕えるを望む者よ。我等が道は苦難なり。汝等の覚悟を見せよ―――汝等を裏切り、慰みに耽る愚かな王を汝等の手で、破壊神シドーの贄として捧げよ!」
 立ち上がった人々は互いに顔を見合わせました。例い王の名に相応しからぬとはいえ、嘗ての君主を手にかけるとなればどうあれ戸惑いが生じるのは無理もありません。王は兎も角、美しい王女は民に慕われておりましたから、手にかけるとなれば怯むのも致し方ない事でした。私は急いで付け加えました。
「だが王女は殺してはならぬ。破壊の神は峻厳にして苛烈、父と契る様な淫売を贄に捧ぐを望まぬ故。……中庭から連れ出せ」
 人々の間に何処か安堵めいた様子が見受けられました。王女は引き立てられ、中庭から一時連れ出されます。父王の死を見ずに済む様に、とのささやかな配慮のつもりでした。ムーンブルク王一人が、中庭に取り残されました。
 呪歌が最初は密やかに、やがて地を轟かせんばかりに中庭に響きます。歌えぬ者は武器を打ち鳴らし、膝を打ちました。精神を高揚させる香が焚かれ、城内は一種異様な雰囲気に包まれました。
 一人が、ナイフを渡され危なげな足取りで王へと近付いて行きました。短刀が振り下ろされ、血飛沫が飛び散りますと、人々は雪崩を打って王に襲い掛かりました。苦悶も、断末魔も、昂奮の余りの絶叫や怒声や、呪歌や太鼓に掻き消されました。我等が教団の新たな信徒達は王の臓物を引きずり出し、骨を折り、肉を裂き、目玉を刳り抜き舌を引き抜いて、中庭に用意された黒檀の神像に競って駆け寄り、生け贄を捧げました。
 私が残った城内の人々を指差しますと、信徒達はナイフを片手に次々と襲い掛かり、嘗ての同胞を次々屠って行きました。中庭は阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、城壁は血潮で染まりましたが、私の心は一向に動かされませんでした―――王家の手で虐殺された先住民や”異教徒”達、亜人達を嫌になる程見せ付けられていた私の精神は、斯くも頑なになっていたのです。
 新たな信徒として認められた者達は改めて洗礼を受け、教団の仲間入りを果たしました。途中で躊躇った者も、仲間に殺され破壊神の贄として捧げられました。彼らが中庭から出て行くのを見届けていると、ベルニスが脇から音もなくバルコニーの正面に進み出ました。
「では、此より王女の罪に対する判決を下す」
「なっ―――!」
 私が言いかけるより早く、ベルニスは口を開きました。
「我等が神は確かに、父と契る様な淫売を贄に捧げても喜ぶまい。だがこの腐敗の極北たる女を、バビロンの大淫婦を許しおいて良いものだろうか? 否、答えは断じて否! この女は虫も殺さぬ顔をして、血の繋がった父親と契るのみならず、僧侶や下男や庭師を連れ込んではまぐわっていた根っからの淫売。こんな娘が将来の、ムーンブルクの王だというのだから呆れ果てるより他は無い。此が腐敗の徴候でなくして一体何とする」
 拳を振り上げる信徒達。私に彼らを止める術はありませんでした。
 ベルニスが天を仰ぎ手を振ると、空からシルバーデビルが次々と舞い降りて参りました。
「魔物の一物など、王女の立場ではなかなか愉しめぬであろう。存分に、愉しむが良い。―――其れが聖下の意志だ」
 ベルニスがバルコニーに背を向けた時、あれは、確かに嗤っておりました。私はその場を離れようとしましたが、ベルニスは背後に回り、他の者達には見えぬ様私をバルコニーに押し付けたので、私は逃れる事が出来ませんでした。
「さあ、聖下御覧になって下さいませ。……貴男を誘惑し、腑抜けにした淫売の成れの果てを」
「ベルニス……知っていたのか!」
 ベルニスは私に、一瞥をくれただけで応えませんでした。
 ベルニスが他の悪魔神官達をも差し招いたので、私は引き下がるに引き下がれなくなりました。中庭に王女が引き立てられ、縄を解かれてシルバーデビル達に囲まれますと、王女は私を見、さっと顔色を変えました。唇を噛み締め、ひたむきで、見る者全てを拒むあの冷たい輝きで私を睨め付けておりました。
「よくも、よくも……この恥辱、必ず、必ず晴らすわ……!」
 しかしその機会は与えられそうにありませんでした。王女の躯はシルバーデビルの手から手へと回されて行き、見る間に服がはだけて、小さくはあるがこよなく美しい胸が露わとなりました。シルバーデビルの一匹が王女を羽交い締めに致しますと、露わになった胸に、顔に、腿に手が舌が一斉に伸び、王女の躯は隠し所とて無い有様でした。その年にしては大人びた、下肢を覆い隠す小さな布切れも、布地の上から散々弄ばれた挙げ句に引き剥がされてしまいました。
 王女は抗う風を見せましたが、華奢な少女がシルバーデビルと力比べをした処で叶う筈もありませんでした。シルバーデビルが王女の腿を背後から抱え上げますと、私自身も嘗て香を焚いた神殿が姿を現しました。シルバーデビル達は王女の玉門に指を入れて中を掻き回し、引き抜いた指を王女の目の前に差し出します。王女は嫌々と首を振りましたが、引き抜かれた指の代わりに別の指が玉門を犯し、雛突を擽られますと、王女はシルバーデビルの上で大人しくなって行きました。胸を喘がせ、形の良い胸を弄ばれて、王女の全てを拒むあの輝きが和らぎ、淫蕩に取って代わる様子が私の目にも明らかでした。
「嫌がっているのもあれはフリだな。魔物に犯されようとしているというに」
 ベルニスの言葉に神官達は同意し、王女に蔑みの視線を投げかけておりました。私には、耐え難い光景でした。
 シルバーデビルが王女の腰を持ち上げ、王女の裏門に舌を潜り込ませました。肉体のあらゆる部分を蹂躙された王女は躯をしとど濡らしておりまして、玉門などは指で掻き回された挙げ句、ひくひくと喘いで雄に貫かれるのを待ち受けておりました。魔物共も次第に昂奮して参りまして、己の生え返らせた物を王女の美しい貌へ頻りに押し付けております。シルバーデビルが顔を背けていた王女の髪を掴んで首を後ろに引きますと、王女はたちまち魔物の猛った肉を頬張らされてしまいました。逃れようにも4体の魔物に囲まれ、抑え付けられてそれも叶いません。薔薇色の唇が黒ずんだ嫌らしい一物を頬張り、身悶えする様は何時にも増して美しく、汚されれば汚されるほど彼女の美しさは際立つ様に思われるのでした。美しい乳房を青黒い舌が這い回り、王女は快楽と恥辱とに身悶えしておりました。
 王女を羽交い締めにしていたシルバーデビルが、王女を抱え直しました。王女の口から昂った物が離れます。シルバーデビルは王女を抱え上げると、慣らしもせずに一息に王女の裏門に己が楔を打ち込みました。
 藍玉が、大きく瞠られました。瞳は潤み、恍惚に打ち震えておりました。
 別のシルバーデビルが王女にのし掛かり、玉門を貫きました。王女の唇から喘ぎが零れ落ちます。腰が激しく波打ち、王女の躯は殆ど見えなくなりました。もう一体のシルバーデビルは王女の脇に陣取り、頭を引き寄せて己の雄を銜えさせている様に見受けられました。
「おい、此処からでは見えぬぞ」
 ベルニスが声を掛けると、シルバーデビル達はお前等が降りてこい、生臭坊主共が。お前達こそ王女としたいのだろう等と悪態を吐きました。神官達は、我等は貞潔の誓いを立てている故淫売になど手出しはせぬとやり返しましたが、それでも王女の陵辱は淫らな復讐の念を掻き立てられるものの様で、皆バルコニーから頻りに身を乗り出しておりました。ベルニスが下に降りませんかと声を掛けたので、私は気分が悪いと此を機会と、早々にバルコニーを立ち去りました。薔薇が散らされるのを見るのが、耐え難かったのです。
 誰も居ない場内の一室で、私は独り嘔吐しておりました。喉が酸で灼け、苦しさの余りに目が滲みます。これ以上振り絞って胃からは何も出なくなっても、不思議と目からの熱い迸りを留める事は出来ませんでした。
 私がえづいていると、せなに手が触れました。
「ベルニス! ……貴様……!」
「およしなさい、皆に聞こえます」仮面に覆われて見えずとも、その調子には確かに、嘲笑の響きがありました。私はベルニスを睨め据えましたが、仮面の 一つ目(モノアイ) は微動だに致しません。ベルニスは手拭いを差し出しましたが、私は受け取りませんでした。
「貴様、まだあの淫売に惑わされている様だな」
「そんな事ではない、そんな事では……」
 ベルニスは鼻で笑いました。「宮刑に処される恥辱を味わったのはあの餓鬼の所為ではないか。王女の躯が忘れられぬか、この好き者が」
 仮面が弾けて、横滑りに廊下を転がって行きました。
 私はベルニスを打ち据えておりました。ベルニスはひっくり返って尻餅を突いておりましたが、私が尚も杖を振り上げると手を翳して私を制しました。「貴様、そんなに敵国の王女が大切なのか」
「そんなのではない、そんなのでは……」
「違わぬ」ベルニスは尻を着いた侭、後じさりました。「俺は見ていた。貴様が王女に肩入れし、のめり込む姿を見ていた。貴様の様子は信仰を捨て兼ねぬ勢いだった。貴様は何事にも真剣で、真っ直ぐで、だから」
「だから何だと―――まさか」
「俺が、王に密告したのさ」ベルニスは自嘲混じりに吐き捨てました。「貴様が、王女と浮気をしていると」
 私は杖を取り落としておりました。
「俺は貴様の件で王女とも面識があったから、王女には俺が密告した事は黙って、王に二人の関係が知れた事を事前に伝えおいたのだ。王女がお前に惚れているなら命乞い位はしてくれるだろう。駄目なら駄目で諦めるつもりだったが、有難い事に王女の取りなしで貴様は一命を取り留めたという次第。何を裁ち落とされるとは思わなんだが」
「何と言う事を、何と言う事を!」
「それだけじゃない。城内の監視が厳しくなって、俺の動きは怪しまれ、感付かれそうになっていた。俺が邪教の間者と知れたら、其れこそ宮刑では済まぬ。俺には庇ってくれる、可愛らしい王女様もおらぬからな、色男は羨まし……げほっ!」
 嗚呼。アイリン。一瞬とて貴女を疑った私を赦して欲しい。
 私はベルニスを突き飛ばし、中庭へと急ぎました。

 中庭のアイリンは、汚辱にまみれた姿を晒しておりました。
 シルバーデビル達は入れ替わり立ち替わり王女の玉門を、若気を抜いておりました。躯中白濁にまみれた藍玉の双眸は虚ろな色を湛えており、肌が紅潮し、体中に引っ掻き傷を付けられた姿は淫蕩そのものを描き出したかの如くでした。私は呼吸を整え、態とゆっくり、しかし大股で歩み出て王女の前に立ちました。アイリンは気怠げに首を曲げましたが、今の彼女には私を私とは認識出来ていない様に見受けられました。
「もう、止めよ。散々楽しんだであろう。身体を洗ってやってから、地下牢に閉じ込めておけ」
 私はアイリンに背を向けて、中庭を退出しました。これ以上、彼女の姿を直視出来なかったのです。

 作戦会議を終えて、私の為に宛われた一室でぼんやりしておりました。部屋に通された事はありませんでしたが、壁に掛けられた絵や飾られた花から、此処が王女の部屋であった事が察せられます。薔薇の薫りで充たされた部屋は上品な調度に取り巻かれており、本棚一杯の魔道書や絵の趣味から、私の知らぬ王女の人となりが感ぜられて、私は結局彼女の事を何も知らぬのだという気にさせられました。もっと私の知らない彼女の顔を知りたくて王女の机に触れ、引き出しを開けますと、中には布にくるんだ箱が出て参りました。
 布を解いて、私は言葉を失いました。
 布にくるまっていた箱の中身は、張り型として使える様細工を施されていた私の陰茎と、薬液に漬けられ瓶に収まっていた私の陰嚢でした。
 彼女はこういう愛し方しか出来ない人なのでした。布地にひたひたと、暖かいものが零れ落ちました。

 夜。
 皆が寝静まった頃を見計らって身を起こしますと、ランタンに火を灯して部屋を出ました。
 外では雨がしとど降っておりました。雨音に混じって、煙と血の臭いが微かに漂って参ります。皆疲れているのでしょう、雨音と私の跫音を除いては物音一つだに致しません。
 皆はよくやってくれました。寄せ集めの兵とは思えぬ活躍ぶりであったと、これは全くの贔屓目で無しに申し上げる事が出来ます。計画が周到に準備され、皆が破壊神の名の下に力を合わせたからこそ可能であった快挙でした。しかしこの大勝利を明日に繋げねば、我々の未来はありません。私の双肩には、何万という人々の未来がのし掛かっておりました。
 私はその未来を潰そうとしているのかもしれません。
 地下牢への道を下って参りますと、兵士が一人佇んでおりました。私が姿を見せますと、兵士は驚いた様子でさっと後ろに退きまして、頻りに頭を下げるのでした。中の警備がどうなっているのかを訊ねますと、王女の他には囚われた者もいないので、これと言った警備体勢は敷かれていないとの事でした。私を見た事を口外せぬ様兵士に伝え、私は段を降りて行きました。
 偶然か故意か、アイリンは嘗て私が囚われていた独房の中で横たわっておりました。豊かな銀糸を床に投げ、眠ってはおりませんでしたが虚ろな眼差しを床に転がし、私が独房の前に立っても目を合わせようとは致しませんでした。アイリンの心は壊れてしまったかもしれない、と私は今更ながら、己を責めておりました。
 薔薇色の唇が、小さく動きました。
「―――恨んでたのでしょうね」
 私はかぶりを振りました。アイリンはそう、と小さく呟いたきりでした。
「いつか、申し上げましたね。籠の中の鳥は、愛玩用の小鳥である事を止めぬ限り籠の中で死ぬしかないと。籠を出ましょうと」
 アイリンの返事はありませんでした。私は、独房の扉に手を掛けました。
「アバカム」
 南京錠が落ち、扉は軋みながら静かに開いて行きました。王女が気怠げに、上半身を起こします。
「ハー……ゴン……私……」
 アイリンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちました。
 私は王女を抱き締め、頭を撫ぜてやりました。「今でも、想うております。しかし、現世に私達の居場所はありません―――来世で、来世でお会いしましょう」
 アイリンは私に縋り付き、私達は接吻を交わしました。ほんの触れさせるだけの、儚い、しかしどんな長い、濃厚な愛撫よりも深く―――――しかし、決して欲望を喚起する事の無い。
「お別れです。世界が滅びるその時まで、どうか生き延びていて下さい」
 私は杖を王女の躯に触れさせました。王女の躯は見る間に歪み、子犬の姿に変わっておりました。私はアイリンを抱き上げ、隠し通路への道を開きました。
「この姿ならば怪しまれずに抜け出せましょう。薔薇園を抜けてお逃げなさい。―――この通路を教えたのも、鍵を託したのも、貴女なのですね」
 アイリンは小さく震えておりました。私達はそぼ降る秋雨に濡れ乍ら、秋薔薇薫る薔薇園を二人して歩きました。
「私達が初めて出会ったのも、此処でしたね」
 アイリンはただ、くんくんと甘えた鳴き声で答えるばかりでした。
 籠の中の鳥を放っても、野生の中で生きていけるとは限らない。彼女は王女としての立場を捨てられるだろうか? 私を憎み、復讐を望むかもしれない。
 其れでも良い、と思いました。決めるのは、彼女自身だから。
「私達は明日、ムーンブルク城を離れロンダルキアに引き上げます。ムーンブルク城を南下した処に小さな沼がありますね。御存じですか? あそこに、呪いを解く鍵を置いて行きます。―――後は、御心の侭に」
 私はアイリンの頭を撫ぜました。熱くなった目頭を、アイリンの舌が拭っておりました。

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